[山形市]洗心庵・教育資料館 時を静かに遡る(2026令和8年3月1日撮影)

「おらだこごさいでいいんだが?」
「んだずねぇ、なんだが気持いいくて眠たぐなてきたはぁ」
さっぱり雪のない庭園で、雪の注意喚起をしている張り紙たちは、
自分たちの行為に疑問を持ち始めている。

洗心庵にお邪魔し春の日差しに溢れるロビーへ入る。
あんまり外が明るいものだから、紅花たちはシルエットになっているしかない。

思わず見入った葉っぱたちの種類。
このシートが事務室と見学できる場所との境になっているなんて、なんだかお洒落。

「啓翁桜もそろそろ終わりだびゃあ」
花の向こうから雛飾りたちの密やかな声が流れてくる。

「目に涙を溜めているわけじゃないのよ」
「ただ外の光りが眩しすぎるだけ」
姫はずーっと目を開けっ放しだし、涙がたまってもしょうがないんだげんとねぇ。

漆黒の髪の毛は、体ごと吸い込まれて異次元へ行ってしまいそうな深い色を湛えている。
「まなぐの涼やかさもしぇえずねぇ」
涎を垂らしそうになって惚けて見惚れるおじさんよ、現実へ戻ってこい。

散った花弁が光りに照らされている。
日陰に咲く椿は思った。
散れば光りを浴びて温まれるかもしれない。
でもその勇気が湧かないと。

水面に浮かび上がることもせず、
紅葉の葉は自分の行く末に不安を感じながら、キラキラと泳ぐ光りに春を感じている。

風が止んだ。
水面には春を待つ枝と青空がひたっと張り付き、
鯉は優雅に体をくねらせて空を浮遊しているようだ。

「体から脂肪も筋肉も色も無ぐなていぐはぁ」
カピカピになった葉っぱを見て思った。
脂肪があって筋肉もあるということは、
多少太っていても生きてるって感じがしていいのかも知れないなあ。

光りと水の共演が繰り広げられる小さな滝。
溢れる光りは水音と混ざりあい、まさに春の訪れを周りに知らせているようだ。

「ガス灯だがなんだがしぇねげんとよ、俺は教育資料館ば撮っだいの」
「私は邪魔ですか?」
ガス灯ははるか遠くの青空を眺めながら一向にどこうとしない。

教育資料館脇の講堂。
色は褪せてもその威厳や風格は増すばかり。

あまりにも急な階段に唖然とする。
そしてあの名作映画「ブルースブラザーズ」を思い出す。
あの階段上の光りの中からシスターが現れ、
そして足音も立てずにスーッと部屋に消えるシーンは傑作の名に恥じない。

なんともまあ心をワクワクさせるジオラマ。
ドローンでもない限りあの角度からは撮影出来ないし、
たとえドローンでもこの風格は表現できない。

なんだが外からごやごやというざわめきがガラス窓越しに聞こえてくる。
「あ、ほうが。今日は三月一日で卒業式がぁ」
白い竜山、青い千歳山、そして北高の卒業生。
春の縁に辿り着いたなぁ。

満月が森閑とした廊下に浮かぶ。
満月にばかり気を取られて気づかなかったが、
目を下の廊下に向ければ、板は斜めに張ってあるんだ。
なんともお洒落な校舎だったことか。

現代の校舎とは全く違う、意匠を凝らした造りに当時を思い浮かべる。
今だったら、「ほだなさお金掛げねで税金安くすろ」という声が聞こえてきそうだ。
しかし、よくよく考えてみれば税金を掛けずに安っすぐ造った昭和の建物は悉く数十年で寿命を迎える。
あかねヶ丘の競技場なんて昭和47年のインターハイに間に合わせで造り、
あっという間にそのスタンドはボロボロになり消え去った。

卒業式を終え北高生は家路を急ぐ。
この西へ向かう道には遊学館もあり、その先には文翔館。
これほどの文教地区は山形の宝なのだから大切にしていかなければならない。

先ほど外から見た講堂を資料館の窓からチラッと見る。
今にもくず折れそうな体躯で踏ん張っている姿になんとか耐えてくれというのは身勝手だろうか。

「こいに筆ばたがて、毛先ば滑らすんだがらな」
ボロボロの半紙に向い、生徒は緊張に指が震える。

「かえずなんて読む?ん?わがらねのが?」
「えーと、えとぅ」
「んだ、その通り、これは「えと」て読むんだ十二支のごどだな」
子供は冷や汗を拭うことも忘れて先生の言葉に聞き入っている。

「おらだはバンカラっだなぁ」
高下駄で街を闊歩するのはさぞ鼻が高かったことだろう。

あまりにも辛くてドアの中へ入れない。
本当に現代に生まれ育ってよかったと心底思う。
ドアの奥に立っている方々は私の親の世代。
私の父親は戦後ソビエトに三年も抑留され、極寒の地で重労働を強いられてきた。
青春を戦争で潰された世代には本当になんといっていいか分からない。

あの頃の先生は偉かった。
近づきがたい存在でもあった。
そして今、それより偉いのは保護者という化け物たち。
先生の権威は地に落ちた?

冬はどんな足駄を履いていたのだろう。
しもやけは当たり前。尾が切れるのも当たり前。
アディダスだのニューバランスだの言っている子供たちよ。
あの藁の一本でも舐めてこい。
そういう自分も教育資料館へはニューバランスを履いてきました。

窓越しに勉強に勤しむ子供が見える。
どうやら国語の授業のようだ。
少女は一心不乱に教科書を見つめ、私の存在にも気づかない。

授業参観の振りして教室へ入ってみた。
子供たちのあどけなさ、若い女先生の初々しさ。
この異空間に目が潤んできた自分を制御できない。

いがぐり頭とはこんな頭をいうのだろうか?
「なんだてめんごいごどなぁ」
ツーブロックなてもってのほかだ。

教科書をまっすぐ前に持ち、背筋を伸ばし少女は立ち上がる。
「サイタ サイタ サクラ ガ サイタ」
朗々としかも可愛らしくよく伸びる声が教室に響き渡る。
TOP
※洗心庵・教育資料館ともに撮影の許可とホームページ掲載の許可をを得ています。