[山形市]歌懸稲荷神社例大祭と吉池医院 真夏の交錯(2024令和6年7月13日撮影)

「モンテの試合見さ早ぐ行ぐだいぃ」
「今日は歌懸稲荷の法被着て、明日はモンテのレプリカユニフォーム着てがぁ」
「あ、もちろん早ぐ神輿も担ぐだいげんとよ」

ずらっと並んだ提灯が、ずらっと並んだ担ぎ手たちを、
息を飲んで見守っている。

「いつもなら丁度やんばい咲いでるどぎに祭りなんだげんとねぇ」
「あたしだ紫陽花もなんとかお祭りまでどもて、最後の力で咲いっだのよぅ」

「ウタカケウタカケウタカケウタカケウタカケて五回続けでゆてみろ」
「ウタカケウタカケウタケカァ」
ゆうのが面倒くさいほど担ぎ手たちが集まった。

「今日ばりは手水屋も綺麗だごどぉ」
「手水屋は身を清める場所だがらて、手水屋も綺麗になてみだっす」

水に浮き、浮世を憂うる花びらたちよ。
「てがぁ。ちぇっと古風な気分になてしまたはぁ」

「ぎっつぐ押さえでおがねどまづいのよねぇ」
「ぎゅっ」
腹を締めつけられた法被には「う」と発された声が描いてある。

「法被のお兄さんが後ろから押さえつけらっでだねぇ」
そういう子供はぎゅっと父親の頭を押さえつけている。

さぁ、間もなく神輿渡御が始まる。
神主さんはこの暑さで蒸れそうな煌びやかな帽子(烏帽子)を被り、
今か今かと神輿のカウントダウンを待っている。

遂に始まった神輿渡御。
十日町の商店街がコースとなっているのだから、
山形市では一番の街の真ん中を練り歩くことになる。

「みな、汗だらだらて帰ってくんべなぁ」
「んだっだ。ふぁっふぁふぁふぁあ」
「おらだはお神酒の匂いば嗅いで待ってんべな」
榊は聞き耳を立てつつも、そろそろクターっとしてきそうな暑さ。

「ありゃあ、異世界さちぇでいがれるみだいだずねぇ」
「水みくじっだべ」
昔から歌懸ではしているのか知らないけれど、随分とお洒落なおみくじだ。
「つべこべ能書き垂れていねで誰がしてけねがなぁ。おらだ退屈でしょうがないものぉ」
ビー玉は泡も立てずじっと「みくじ」を待っている。

「いいぐ写ったどれぇ」
「いがったねぇ」
「被写体がいいがらだべ」
「おじさんが被写体だったら、レンズさヒビ入るもな」

巫女さんたちの並んだ姿を撮ってあげたお礼に撮らせてもらった。
やっぱり若さは素晴らしい。
遠目を見る瞳にも若さが漲り、
介護保険証をたがぐようになった私とは同じ人間と思えない。

十日町の通りに出発した神輿を追って大通りへ急ぐ。
通りはもちろん神輿優先。
神輿の休憩中にも警備員がでて車は脇をそろそろと大人しくすり抜ける。

神輿は中央郵便局までやってきた。
「中央郵便局?はえずぁどごのごどや?」
「としょりはんだがら困んのよねぇ。昔の本局のごどっだなぁ」

「30度超えねど汗もでねぇ」
そんなやせ我慢を口にする者はいないに違いない。
すでに担ぎ手たちみんなの体からはバケツ何倍分の汗が出ていることか。

「汗でつるっと滑て手ぬぐい脱げっべな」
「やがますいなぁカンカン帽」
担ぎ手さんたちは決してそんなことを言わないと思う。
というかそんな余裕すらない。
余裕でにやにやしながら呟いたのは自分の内心だった。

「なえだず帯なのほどげっだどれはぁ」
「ほだごどゆたて帯さまで気ぃ回らねしぃ」
「ちぇっと待ってろぎっつぐゆすび直すがら」
「いでで、食たもの出はてくるはぁ」
神主さんにとって神輿渡御は荒行と同じなのかもしれない。

本局を折り返し点として、今度は南下し紅の蔵へ向かう。
その姿をじっと見つめるのは今話題の吉池医院だった。

活気あふれる神輿渡御が、シーンと静まり返った吉池医院の前を通る。
閉院してから俄然脚光を浴びて、この洋館を残さなければならないという声が上がっている。
今を盛りに盛り上がる担ぎ手たちとの対比に心が揺らいでしまうべな。

吉池医院の門柱の中へ勝手に入り、神輿を見送る。
門は昔のままで、未だに患者を受け入れるべく微動だにしない。

「早ぐあべぇ、行ってしまうはぁ」
「お兄ちゃん待ってぇ。ほだい早ぐ漕がんねぇ」
森閑とした吉池医院の敷地へ自転車の子供たちの声が元気に転がってくる。

だーれもいない吉池医院の正面玄関から中を覗いてみた。
ガラスに映っているのは中央郵便局(本局)と花笠まつりを待つ提灯ばかり。
「附受」と書いてあるのはガラスに反射してるから逆になっている訳じゃない。
昔からそこにあるから「附受」なんだなぁと考えると、時の流れを考えずにいられない。

門柱を改めて観察する。
眼科の文字が痛々しく剥がされて白目をむいている。
子供のころ従妹が熱を出して、ぶっとい注射をここで打たれて大泣きしたと聞いたことがある。
注射を打たれても痛がって涙を流せるならまだいい。
吉池医院の眼からは涙すら流れない。

くるりんバスが通りを北上していく。
その窓はすでにお祭り気分。
提灯が窓ガラスのうねりに映りこんで踊っている。

文具屋さんの建物に映っているのは白い蔵。
その蔵を珍しそうに眺めている花笠まつりの提灯たち。
まだ何もすることがなく、まるで昼行燈のようにぼーっと並んでぶら下がる。

「無添加てなんだ?」
「ほだなごど俺さ聞ぐなず、しゃねっだべすやぁ」
紅花たちは自分たちより赤く目立つ文字が気になってしょうがない。

途中から大通りを避け、小路に入る。
携行したペットボトルを口の上まで上げ水分をゴクゴクと飲み下す。
ふと脇に目をやると歌懸稲荷神社の幟と口を開けた金管楽器。
「悪れげんとよ、なんぼ口ば広げでも飲ませらんねのよ。ごめんな」
歌懸稲荷の幟は意気軒高そうだったけれど、
金管楽器にはなんとなく生気がなかったような気がした。

金管楽器の生きた証を残しておこうと、
否、生きてはいるのだろうけれど突然アップで撮りたくなった。
やや埃の付いたガラス越しなのでその煌きをそのまま表現はできなかった。
でもその上唇に映る街並みは撮ることができた。
そういえば辻楽器店と窓のすぐ脇に看板があった。
もし復活するのならこれほど嬉しいことはない。
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