[山形市]小荷駄町・東原町 おがりすぎの春(2024令和6年4月6日撮影)

「いまさら騒がねくてもよぅ、堰なの当たり前にどこでも流っでんのんねがよ」
それは山形市民だからいえること。
街中を血管のように張り巡らした堰は他市では珍しいらしい。
ちなみにここは旧山商跡地(市立図書館)裏を流れる笹堰。
光禅寺へと向かい六小と中央高の間を流れてゆく。

山商跡地は今では市立図書館。
といってもこの地にあった山商へ通っていた方々は六十代後半。
などと椿の影で思いに耽っていると、赤い花びらが舞うように子供を追いかける赤いTシャツのお父さん。

旧山商の北門側には小安観音がある。
その前で満ち足りた気分を空へ発散しているのはミツマタ。
「ミツマタは日本紙幣に使われでんだがらね。お金なんだがらよぅ大切にさんなね」

お金になると知り、俄然と近くへ寄ってみる。
花弁はそ知らぬふりで空を見る。
「やっぱり俺さは縁ないみだいだなぁ」
花とは逆に悄然と下を向きその場を後にする。

ミツマタは堰の流れを見つつ、赤い花を次々と開いてゆく。
「ゆておぐげんと俺は二股すら掛けだりすねがらね」
ミツマタは三股といわれた汚名も軽く受け流す。

やっと外に出始めた子供たちは早速ブランコにまたがる。
ペットボトルの風車も時折乾いた声を出してみる。

空に向かってくるくる回るのはさぞ気持ちがいいだろう。
「俺がほだごどしたら、気持ぢ悪れぐなてぶっ倒れでしまうは」

「真上からグーっと寄って見だげんと、なんだが分がる?」
「ほれ足元さ紫色のちっちゃな花がよぐ咲いでっどれ」
「高さが五六センチぐらいのよぅ」
「んだんだムスカリ。真上から見っど分がらねもんだべぇ」

「口すぼめでなにしったのやぁ?」
「すぼめっだのんね。今から開ぐんだ」
紫陽花は横に葉っぱを開いたら、次は縦に葉っぱを開き、そしてまた横。
なんとも植物界は計算されてできている。

「どれ今度はどごの芽だ?お前は木の芽なのんねどれ」
「ほだごどやねでぇ、皆植物だは俺さ感謝するんだじぇえ」
如雨露の傷ついた口先には青空と白い雲が流れている。

「なんだがこの頃、頭重くてよぅ」
「俺もなんだず」
「へぇ?俺もなんだげんと」
プラケース達は三人口を揃える。
三角コーンは足が痛いと訴えているけれど、ケースたちには届かない。

「ほんてんこの辺の道っておもしゃいずね」
「なにがて、整然と縦横に整備さっでいねくて、くねくねだったり、クランクがあったりだがらっだなぁ」
道路計画から外されたところほど街歩きは興味深くワクワクする。

「墨痕鮮やかに未だに弓町だじぇ。しかも誇らしぐ」
「いいんねがいぃ。こいなが大事だてゆうのよ」
「んだずねぇ。城下町はこいな歴史ば大切にさんなねんだ」
自転車の少年は一人管巻いている親爺の顔を一瞥し、迷惑そうに走り去りった。

「おんちゃんとおぼしき人でさえ公衆電話さなの顔ば向げねもなはぁ」
「そういうおだぐも珍しいがらカメラば向げるだげなんだべ?」
公衆電話からきつい一言を浴び、反省しながら扉を閉める。

幾何学模様がスカッとするほど美しい。
こういったセンスある造形なら街になんぼでも増えてほしい。
ただのでかいビルが増えるのが都市化とはいえないのだから。

「なえだて人うがいんねが?」
「ああ、そういえばさっき宮城交通のバスから人がぞろぞろ降りてきたんだっけ」
なにしろ街の中心部は、お祭りかイベントでもない限りこだい人が歩いていることはないもんで。

「パット見てすぐどこだか分かる人は南高生だべな」
青い看板が訳知り顔に声をかけてきた。

「ありゃあ、早くてチューリップ咲いっだどりゃあ」
「このもうろぐたがり!どさ目ば付けっだんだ?」
よくよく見れば三角コーンの頭が並んでいるだけだった。
年を重ねるということはこういうことなんだろうか?

「ふさふさて羨ましいごどぉ」
自分の寂しくなった髪の毛をなでながら、その初々しさと真っ白い輝きにうらやむ視線を向けてみる。

毒々しいしいほどの深紅。
この世に出てきたばかりのカナメモチの葉っぱ。
その葉っぱへ向けるはなむけの言葉として毒々しいとはまずい表現。
毒々しいを血がたぎるほどの勢いと訂正しておこう。

南高の南側へ周ってみる。
「なえだて、尾がりすぎだブロッコリーだが?」
「南高生もおがるだげおがて山形のために頑張れよ」
カリーノケールとブロッコリーの違いも分からないおじさんからの意味不明なエール。

地球に刺さる。
そんな大げさな表現が似合うとは思えないけれど、
兎に角、土を穿つことに命を懸けるスコップたち。

「グワシッ!」
「んねず、ピースてしったのんねがよ」
「ほだななんでもいいっだな。兎に角、畑の中で気持ちいいんだべよ手袋も」

掛け軸の水墨画を見た気分。
なんともグキグキッとした枝とその影の屈曲が一幅の絵を思わせる。

「どーれ、腹も満足したしよぅ」
店から出てきた時の満足感は何度でも味わいたい。
でも、この年になると、そんなことはあと何回あるのかと思ってしまう。

小荷駄町・諏訪町・東原町・南原町と巡り、再び山商跡地に戻ってくる。
暑熱順化がうまくいかず熱が体内に籠り、顔はもう真っ赤になってしまった。
木陰で休もうかと思う先では親子が楽し気な時を過ごしていた。

二人のおばさんたちが何やら世間話に花を咲かせている。
その穏やかな雰囲気と柔らかい言葉の端々が、たいこ雲梯をくぐって軽やかにやってくる。

「豚だが?」
「・・・」
「イノシシ?」
「・・・」
「うさぎがぁ?」
「じょんだべぇ?」
三つ目にしてやっと女の子は顔を上げて応えてくれた。

「ほだいゆうごどきがんねんだごんたらしぇでいがんね」
上記の言葉を一気に読める人は山形人として認定します。
え?うれしくない?
「山形人としての矜持ば持づべぇ。」
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