[山形市]みちのく阿波おどり 熱気の坩堝と化した鈴蘭街(2023令和5年9月2日撮影)

「みちのく阿波おどり」の案内図には「十字屋」と載っていた。
案内図を作った人にはまだまだ十字屋の残像が残っている。
しかも、十字屋と案内図に載っていたほうが位置が分かりやすいと思う市民が大半。

「ちぇっと右んねが?」
「もうちょっと左だべ」
踊り手たちの終着点が分かるようにテープで地面にゴールの文字を張る。

「まずは腹ごしらえだべぇ」
「いやすだずねぇ」
祭りには似つかわしくない背後のプロパンたちが二人を囃し立てている。

昭和のころはブティックやカメラ屋さんやカレー屋さん陶器店・本屋さんなど、
様々な業種の店が鈴蘭街を支えていた。
今、挨拶をしている主催者の方を支えているのはビールのプラスチックケースだ。

編み笠が暮れかかった空を突いている。
いよいよ夜の祭りが興奮とともに始まろうとしている。

「こだい場所取ってんまぐないべが?」
靴を脱ぎ足を延ばして悠々と祭りを楽しみたい気持ちはわかるけれど。

黄昏た街並みをとりあえず周ってみる。
薄いオレンジ色に染まった空や街並みは、
人々から棘々しい心を奪い安堵をもたらす。

安堵に浸っていると突然辺りの空気が一変する。
まるでゲリラ豪雨(表現がまずいですか?)のように踊り手たちが現れ、
のんびりした山形の人々の目を奪う。

「お前もお父さんさ負げねで付いで来いよぅ」
「分がてる。心配しすぎだ」
二人の間柄は知らない。
でもそう見えてしまう姿がまたいいじゃないか。

「盛岡は世界さ羽ばたく街になてしまたがらねぇ」
「んだず。やっぱり街並みもいいげんとさんさ踊りが恰好いいがらんねが?」
花笠踊りしか知らない山形市民に「さんさ踊り」はとても新鮮に、そして羨ましく映る。

おどった後の爽快感。
喉を下る水ののど越し。
やり切った充実感がその横顔に現れている。

「凄いてしかやんねぇ!」
お姉さんは二の腕のすだれ状態も忘れ、あっけにとられてスマホを向ける。

「いやぁいがったいがった。かえずはお神酒だが?」
踊りきったあとにはお神酒という名の水が振舞われる。
汗を鈴蘭街に振りまいた踊り手たちは、快感とともに一気に水を飲み干す。

達成感の後には、水を飲む者・おしゃべりに勤しむ者・早速スマホを手に取る者と様々だ。

熱気に圧倒され、ちょっと深呼吸するために路地へ入り込む。
熱気ととともにアルコールの匂い、油ものの匂いも追いかけてきて、
深呼吸した甲斐があったのかなかったのか良く分からない。

決まった!
踊り手も笑顔、観客も笑顔。
これ以上何を望む?

「ダメなんだっすぅ」
「ここから先は夢の国と化しているので、現実世界の車たちは入れないんだっす」
十字屋角で現実と夢の狭間に立ち、
背中に赤ライトを灯している警備員のお兄さん。

あまりの興奮状態に、
踊りに参加しようとポスターまでも腹を膨らませて前へ出る。

踊り手たちの汗が地面に落ちる。
飲みこぼした水も地面に落ちる。
そして疲れた体の影も地面に落ちる。

「そのポーズは何なんだっす?」
「しゃねっすぅ(通訳:知らないですぅ)」
「ただおもしゃいがらしてるんだっすぅ(通訳:ゾーンに入ってしまって何してっか自分でも分からないんですぅ)」

ちゃんころまいはお父さんの専売特許。
これをせずして子供は大人になれないし、
お父さんは真のお父さんになれない。

踊りにアルコールと食べ物は必須。
すべてが混然一体となって鈴蘭街は息苦しいほどの異空間と化している。

「みな後ろ向いでよぅ。俺ばなの誰も見でけねんだ」
タヌキのボヤキなぞ聞きたくもないが、居るんだぞという証拠だけでも残してけっかぁ。

空中を指が舞う。
指先は人々へ喜びを振りまき、煩悩を絡めとってくれているようだ。

昨日までの山形は沸騰した鍋の底にいるようだった。
今日も暑いもののかなり過ごしやすい気温になった。
それでもこの玉の汗。
踊り手さんたちの熱気とやる気と楽しみたいという気持ちが体中から溢れ出て首筋を伝って流れ落ちる。

「あら!久しぶりぃ!」
あまりに偶然出会ってびっくりしたのだろうか。
そんな訳ない。
この表情こそ阿波踊りの真骨頂なんだべな。

やり切った感、みんなと共にした一体感、充実感。
内からせり上がる感情が瞳に現れている。

「麦茶なんたっす?」
「いやいや今年も会えで嬉しいっす」
毎度おなじみ張りぼておじさん。
毎年このおじさんを撮らないと落ち着かなくなってしまった。

「昭和の七日町はこいな人混みだっけのっだなねぇ」
「こだい人いだっけの?」
「んだっだなぁ。すれ違う人の肩と肩がぶつかりあう程だっけぇ」
また昭和を思い出す悪い癖が出てしまった。
山形県の人口が100万人を割るカウントダウンが始まっている。
確実にあと二〜三年で100万人を割る。
この賑わいを活気を目にしっかと焼き付けておかなければ。

充実感を胸に汗を体中にまとい駐車場へ戻ってくる。
ドアを閉めた途端に喧騒は遮断され、夏は終わったと実感する。
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