◆[山形市]旧県民会館 思い出は心の中だけに(2022令和4年12月10日撮影)

いつも見る光景がすっかり雪待顔になってしまった。
薄いベールをかけられたように街はしっとりとしている。

視線を左へ転じる。
「オーマイガー!」
「なして突然英語なんだず」
「んだて初めで洋画見だのが県民会館だし」
県民に長年親しまれてきた県民会館は、哀れ解体の真っ最中。

すっかり葉は茶色になったというのに、
相変わらず文翔館は人気スポット。
次から次へと観光客が押し寄せる。否、時々訪れる。

「ありゃ、ベランダさ出らんねどりゃあ」
仕方なくカーテンの紐をためすすがめつよっくど眺めてみた」
こんなにでかいぼんぼり状の紐が垂れ下がっていたなんて知らなかった。
「んだらばあどは窓越しに写真撮って幕引きが」

ここからなら解体の状態がよく分かる。
よくわかり過ぎて、思い出が噴出し嗚咽を漏らし泣きそうになる。
レンズは残酷にも正確に被写体を撮ってしまう。

「ほっちんねくてもっと左だがらぁ」
「ほごは市役所だどれ」
市役所は解体されず鉄の爪の魔の手を免れた。

「なに流しったんだっす?」
「長年の県民の思い出の欠片ど埃っだなぁ」
「んだどその中さ、俺のもあっかもすんねっす」
「んだら、思いっきり流してけるっす」

県民の思いが染みついた壁は空中でむき出しになった。
ぶち切られた鉄筋は、心臓と切り離された血管のようだ。

「おらも通たっだなぁ。世の中の流れだがらしょうないっだべ」
おじさんはチラッと旧県民会館の解体現場を見やり、足早に立ち去った。

「おまえ体からジワジワ染みだしったば」
「そういうあんたもズダズダだどれ」
落ち葉の会話に割り込むすべもなく、真昼のイルミがプラプラしてる。

木の枝が無ければ季節が全く分からない。
寒々とした街の中心を山交バスだけがせっせと行き交う。

市役所前にはひっきりなしに山交バスが到着し、
人々を乗せて山形の各地へ散っていく。
散った落ち葉は自販機のてっぺんに張り付いて、
今発車したばかりのバスのエンジン音に聞き耳を立てる。

県民会館と時を同じくするように山銀本店も解体されている。
こちらは銀行だけに完全に外界からは見えないように隠されている。

「解体したらほの辺から万札がわんさか出できたなてないべずねぇ」
「ほだごどあったら大変だべぇ」
「何が大変や?」
「人いっぱい集まて拾いに行ぐべがら」
「大変なのは信用問題の方んねのがよ」

「あのダンボールさなに入ったど思う?」
「白菜んねがよ。しぇづだもの」
「大根だがもすんねべした」
「ほだなどっちだていいっだず」
ガラスはその姿を映しこんでも、ダンボールの中身までは見通せない。

「あれぇ?こごどごだっけぇ?」
「否、場所んねくてなんの店だっけぇ?」
毎日見慣れた店でも、その店が閉じてしまうと、
あっというまになんの店だか忘れてしまう。

旭銀座をちょっと下ってきた場所で、
煤けた配線がとぐろを巻いて、何かを求めるように歩道へ突き出す。

空に向かった映画フィルムは途中で途切れている。
途切れた先はどうなるのか、市民みんなの心にしこりとして残っている。

「この寒いのにほっだい笑顔で空ば見上げで何があんのが?」
「ク・リ・ス・マ・ス」
口髭の隙間から言葉がスタッカートのように吐きだされ、
艶々のおでこへ這い上り、初冬の空へ消えていった。

ひょろっとして白い看板。
ずんぐりして深緑色のドラム缶。
こんな凸凹コンビほど仲が良い。

ガス灯はその灯りだけを見られがち。
灯りを支える柱に注目の集まることはあまりない。
よくよく見ればお洒落な意匠が施されていた。
「ほの首さ巻き付いっだのは?」
どうやら自転車ば繋げておぐのさ、ちゃっかり利用されているようだ。

「冬だねぇ」っていうと、
「冬だねぇ」っていう。
「寒いねぇ」っていうと、
「寒いねぇ」っていう。
こだまでしょうか。
初冬の空に消え入る声は。

市役所の西側には小さなオブジェが小さく縮こまっている。
夕方も近くなり、みんな空を見上げて家路を急ぐ。

学校の催しで県民会館へ演劇鑑賞や映画鑑賞に行くときは、
この雁島公園が集合場所だった。
ここで点呼をとられ、そしてワクワクドキドキしながら県民会館へ向かった。
今は静寂が辺りを包み、スズメたちのチュンチュンという声だけが地面へ反射する。

県民会館の瓦礫を見て落ち込んだ心を、
雁島公園の椿が慰めてくれる。

サンシュユの実はうりざね顔。
その美しく艶々する顔を初冬の張り詰めた空気が包んでいる。

「誰でも中さ入たごどあっべし誰でも思い出はあっべがら、こいな看板ば貼ってけんのはいい事だんねが?」
「んだて若い人さは思い出なのないがもすんねじぇ」
「ほいなごどやねの。せっかぐ昭和さタイムスリップしったどぎに」
「若い人には駅西の新県民会館で思い出ばつくってもらわんなねっだなね」

「写真ば二枚くっつげっだんだが?なんだて違和感しかないんだげんと」
「解体現場ば少しでも見せねように花笠のフェンスで隠しったのっだなぁ」
「透明なシートば張って、どだごど解体さっでいぐが見えだほうがいいみだいな気もすっげんとね」

今にも降り出しそうな空に雪囲いが伸びている。
その藁紐に縋りついているのは夜の仕事を待つイルミネーション。

「文翔館前の信号は時計付きみだいに見えずねぇ」
「おもしゃいべ。しかも山形時間んねがらね」
角度によっては信号に組み込まれたように見える文翔館の時計。
そういえば、時計台を長年にわたり守られてきた時計店の店主の方はご健在なのだろうか?
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