◆[山形市]蔵王飯田・明正高校 初冬の頬ずり(2022令和4年12月3日撮影) |
日陰にはこの間の雪が残っている。 ここは明正高校をもっと登ってきたところ。 千歳山でさえ眼下に見える。 |
木立には日差しを遮る葉っぱもなくなり、 樹林の隙間は初冬の空気を濾過する余力もなくなった。 |
山襞の色合いは皆暖色系。 暖色になって白い雪を被せられ、そして春まで眠りにつく。 |
「地面さ寝転んで、役立ただねて捨てらっだのがぁ?」 バケツは日差しを受けながら、葉っぱたちに上から目線で口を利く。 そういうバケツも背中にはパックリひびが入って役立たず。 |
「俺の方が一ミリ紐のラインさ近ぐないが?」 「俺なの一ミリ紐ラインさくっついっだがらねぇ」 どんぐりの背比べは古い。 ラインに一ミリでもくっついていた方が勝ちという三苫ルールが空き缶にも適用される。。 |
柿の実を食べる訳でもないのに、木の幹に寄り添う車。 |
「どごさも行がんね体になてしまたげんと、 こごはこごで居心地いいもんだま」 本音なのか諦念なのか分からないつぶやきが聞こえてくる。 |
車内には夏草と一緒に過ごした思い出がぎっしり詰まっている。 ガラスには初冬に広がる青空が広がっている。 |
「いづごろからいるんだっけぇ?」 「このまま地面さ埋もれでしまうじゃあ」 ぷっくり膨らんだ柿の実たちは、自分たちが落ちる前に廃車の噂話に花を咲かせている。 |
背景は土手の影となって薄暗い。 エノコログサにだけ光がまといつき、夜空の星々が飛び交っているようだ。 |
空を見上げれば初冬の風が柔らかく頬を撫でてくる。 巡らされた枝にくっついた柿の実は、星々のごとく空に点在する。 きっと落ちるときは流れ星みたいに一瞬輝くんだべな。 |
踏ん張って葡萄棚を支えていた丸太は年季が入っている。 「季節は終わたがら、あどは休んでもいいんだじゃあ」 「ほだなごどゆても、筋肉が固まて自分では元に戻らんねんだはぁ」 食い込んだ針金を巻き付けながら、老体は冬を越すしかない。 |
「空から冬の使者が降ってきたど思たどれ」 ふさふさのネットは風に身を任せ、どうにでもなれと青空に絡みついている。 |
この坂を下れば明正高校。 「昔は蔵王高校ていうんだっけがぁ?」 「はえずぁ兎も角、こっだい見晴らしがいい場所あるなてしゃねっけぇ」 柿の木も電柱も、照る日曇る日、毎日山形の街並みを見下ろしている。 |
視線を感じ、ふと振り返る。 柿の木の廃車は慌てて目を逸らす。 きっと下界の街にまだ未練が残っていたのだろう。 その視線は私の背中をいつまでも追っていたに違いない。 |
月山が微笑んでいる。 柿の実はその微笑みと初冬の寒気を栄養として膨らんだ。 地面にベちょっと落ちるまでは、この光景を堪能したいと心底思った。 |
送電線が青空を放射線状に分けている。 その境目に届かないかと思いっきり穂を伸ばしてみた。 |
「なんだず、こだんどごさもつっぱえた車がいだどれ」 「ふかふかの地面が気持ちいいくてよぅ」 その言葉は強がりなのか、諦めなのか分からない。 |
「あんまり暑いがらドアば開げっだのっだなぁ」 確かに陽が燦燦と降り注げば車内は暑いかもしれない。 でも、雪が降り始めたら誰かドアを閉じてくれる者がいるんだろうか。 |
ここで深呼吸しないでどこでする? 綺麗に磨かれた軽トラだって休憩しながら英気を養っているじゃないか。 |
「なにがば追い払うためなんだがっす?」 畑仕事のおばちゃんに聞いてみる。 「モグラば寄せ付けねて聞いだげんとなぁ」 地中のモグラとは想定外の答え。 なんでのんきに空中にぶら下がっているのだろう? |
「どれ長靴さ付いだ泥洗て終わりっだなぁ」 日差しは傾き、山の影に隠れる時間。 |
「こだんどぎんねくて五月ごろ来てみろ最高だがら」 「んだずねぇ、機会があったらまだ来るっす」 曖昧な答えしか用意できず、申し訳なさから少し離れて応答する。 |
市民なら誰でも知っている西蔵王の電波塔が竜山の手前に見える。 ゴルフ練習場や旧厚生年金休暇センターはすぐ隣。 「これでこの場所の位置関係が分がたがっす?」 |
「なんて素晴らしいサッカー場!」 ただただ感嘆して声も出ないが鼻水は出た。 全面芝と遠くの白鷹の山並みにたなびく初冬の寒気。 |
青春は密。 初冬の寒気も密な中、若々しい声がグランドに響き、山並みの薄青へ消えていく。 |
「困るんだずねぇ、こだい赤くなられっどよぅ」 自分だけが赤いと思っていたのに、柿の実も赤くなり、 困惑を隠せない消火栓。 |
白菜の葉っぱが横たわる脇を明正高校へ坂を上る。 葉っぱは光を受け止めるために仰向けになっている。 少年は将来を見据えて前のめりになっている。 |
あまりにも天気がいいもんだから街並みを映すミラーも、 パキっとした気持ちで、一点の曇りもなく仕事をこなす。 |
坂を下りればそこは酸いも甘いも混じりあった人間世界。 まだまだ坂を下るのは躊躇われるけれど、腹が減ったし仕方ない。 |
「よぐもまぁそごまで膨らんだずねぇ」 「山形の土は栄養満点だがらよぅ」 「ものすごぐ血糖値が高いべな」 柿の実にそんなことを言っても仕方ない。 せいぜい歩数を稼いで腹を凹ませなければと自分に言い聞かせる。 |
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