◆[山形市]みちのく阿波踊り 寒気と熱気のぶつかりあい(2022令和4年10月8日撮影)

白鷹の山並みに太陽が沈んだ。
山際にはまだオレンジ色が微かに残っている。

「今日は月見が」
「なにこばくさいごどゆてるんだず」
鈴蘭街の通りは明るく照らされ、煌々と輝く月を眩しがらせている。

「久しぶりにテントが張られ、雨に濡れなくても済むのぅ」
山形城の築城者斯波兼頼公の像がテントの中にちゃっかり入り、
何事かと通りを見通す。

路地にも人が、しかも冬らしいしマスクもしてる。
その先の通りでは喧騒が渦巻き、祭りはまだかと人々がごった返す。

カウントダウンの始まった鈴蘭街。
待ちに待ったおかげで足が痺れ、伸ばした先には人々の期待の空気が渦巻いている。

「ありゃ、どごが見っだら始またんだどりゃあ」
阿波踊りは花笠踊りよりテンポがいいんだがらよ。目離さんねず」
確かに普通にシャッターを切ってもブレブレだ。

例年なら団扇でもたがて、仰ぎながらの見物なのに、
今年は汗の一粒も出てこない。
踊り手には丁度いい気温だがもすんねな。

ピンと伸びた指先。
虚空を見つめる瞳。
穢れなき純白と赤の衣装。

艶やかさが衣装にまとわりついている。
ちょっとした物腰や柔らかなまなざしから、そしてバチさばきからも柔和な空気を感じ、見る者の目を吸い寄せる。

日没とともに寒気が降りてきて、熱々の玉コンでも食だい気分。
そんな中、白魚のような手が指先が、細く長く冴えわたる響きを大気に染み渡らせる。

「人ばっかりで写らないぃ」
手を伸ばしてもそこに映るのは鈴蘭街の建物と群衆。

「あんまりスイッチやらボタンが多すぎでなんだが素人にはわがらねげんと大変なんだべなぁ」
その前に身を乗り出して、みちのく阿波踊り責任者のおじさんなのか、そわそわと心配そうに通りを見つめる。

おじさんの頭にはキリっと結ばれた鉢巻。
鉢巻に絡まった髪の毛を気にしてる場合じゃない。

いつ見ても最早カリヨンに時計の針はない。
悲しいカリヨンは、ごった返す人ごみの中で真っ白な時計盤を夜空に向ける。

「鈴蘭街は第一演舞場ど第二演舞場なんだど」
「頭さ赤いの被った人がぞろぞろてどごがさ行ぐじぇ」
「寒いがらしょんべ垂れんねがよ」
「こばくさいごどゆてんなず。第三演舞場さ向がてたんだべず」
「んだら赤い頭の後ろば付いであべ」

「第三演舞場は昔東急インだっけどごの裏の公園っだな」
「いづのこめがこだい都会的な公園になたのがぁ」
アナウンスに促された人々が既に三々五々集まり始めている。

本番前の緊張を隠すために、体を揺らしながらわざと笑顔で会話する。
「んねず。寒くて早ぐ踊っだくてしょうがないんだず」

「やっぱり岩手のさんさ踊りていいずねぇ」
太鼓から音の波紋が夜空へ満ちていく。

寒くてもまくり上げられた袖。
しっかり握られたバチ。
若いエネルギーが闇の中へくっきり浮かぶ。

ほんの合間に見せる柔和な笑顔。
それでも緊張が溶けたわけじゃない。
くっきりと表情や肩のラインの輪郭が光り浮かび上がっているのは、
さんさ踊りへの熱い情熱か。

モダンに生まれ変わった駅前の小さな公園は、
今や阿波踊りに占拠され、寒さを吹き飛ばす風になる。

機敏な舞いに惚れ惚れとしながら目を見張る。
「やっぱり男はこうでないどダメっだなねぇ」
誰に言うでもなく自分のふにゃっとした心に向かい楔差す。

「んだず、こいなば見っだいっけのよぅ」
「んだず、コロナでずっと我慢しったんだっけがらねぇ」
「んだず、踊る方も見る方も踊らにゃ損々っだなぁ」

つま先に力が入る。
阿波踊り下駄の鼻緒がキュッと閉まる。
地面を蹴る音が軽快に跳ね周る。

体からオーラのような熱が漲り、指先からすうっと空へ抜けていく。
昨日からの山形の寒気は、その指先にはさぞ冷たかろう。
「ほだなごどないっだなぁ。踊たら暑さ寒さも雑念もなぐなるんだがらぁ」

金色の輪郭が踊り手の熱い気持ちを形で表現している。
まさに夏場なら汗びっしょりになる瞬間。

「サポーターしてほだい無理すんなっす」
「サポーターなのんね、気合入れるための膝の鉢巻だぁ!」

「行くぞおっ!」
「合点だあっ!」
掛け声は聞こえなかったが、そうに決まっている。
そして踊り手は地面を力強く蹴って観衆へと向かっていった。

第三演舞場の踊りが終わり人々が去っていった。
踊りの残り香の中に、踏みつぶされずに済んだ落ち葉だけが残った。

公園には平穏と静穏が訪れ、
鈴蘭街から流れてくる喧騒を遮るように置かれたパイロンの奥にはポツンとスマホを見入る青年。

鈴蘭街に戻るとどんちゃん騒ぎ、否、観客までも踊りの輪の中に入っている。
やっぱりみんな踊らにゃ損々だんだべなぁ。

「どごからござたの?」
「わすっだ」
山から今降りてきたばかりみたいなおじさんが杖をついて記念写真に収まった。

「まだ来年会うべぇ!」
「こだいおもしゃいど思わねっけぇ、絶対まだ来る」
祭りは人々に高揚感と固い契りをもたらす。

月はうろこ雲に隠れて山形の街並みを静かに照らす。
祭りが終わり興奮はまだ燻っているけれど、深まった秋が徐々にそれを冷ましていぐんだべな。
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