◆[山形市]日本一の芋煮会 台風の来る前に(2022令和4年9月18日撮影)

「会場近ぐさ駐車場ないがらねぇ」
「バスなて何十年ぶりで乗ったべ」
本当は標準語で交わされている会話も天井に写り込んでいる。

いつものように迎えてくれるのは河原沿いのコスモスたち。
コスモスを見て心に秋を感じ、芋煮を食って体にも秋を感じる。

「台風来る前に渡らんなねびゃあ」
「んだな、早ぐ仮設橋ば渡らねど」
それはともかく、馬見ヶ崎川ってほんてん段差があって急こう配ば流れている。

バケツは満杯に入れられた缶のせいで口を閉じられず、
パクパクしながら焦りと暑さで汗を滲ませている。

少しでも太陽に近づきたいのか、それとも人ごみから離れたいのか?
上からの俯瞰光景も撮っだいなぁと指をくわえながら、
マスコミにだけ優遇されたゴンドラを睨んでしまう。

みんなスマホを掲げ大鍋を我先に撮っている。
ちなみに平成23年に掲載の「日本一の芋煮会」の拙ホームページ画像を見てみた。
誰もスマホなど持っていない。手に持っているのは団扇だけだった。

はためく幟、伸びる腕。

「「お祭りだもお祝いさんなねっだなねぇ」
「ずらっと並んだ日本酒は大鍋に注がれて隠し味になるんだべが?」

「ほだい上さあがって台風くっからなぁ」
「会場中さアナウンスするにはこれぐらい高い櫓んねどダメなのよ」
「んだがしたぁ、ああ首痛い」

背中は太陽の光と芋煮愛が混じりあって火傷しそうだ。

「なんぼ煮だら終わるんだぁ?」
「ほだなしゃねぇ、ひたすらおらだは芋煮ば流し込むだげだぁ」

「しゃべてダメだがらよ、口で言うべぎごどは前掛けにしてるんだはぁ」
「芋煮会も時代と共にっだずねぇ」

巨大な扇風機が巨大な河童へ向けて風を送る。
ように見えるが、実際に扇風機は人々へ霧を吹きかけるいいやつだった。

「土砂降りばお見舞いしてけっからなぁ!」
河童は早く俺のまたぐらへ入れと足を開いて客を待つ。

「ね、なしてこだい天気がいい日にわざわざ傘ば差さんなねの?」
「間もなく台風も来るしよぅ、こいな体験もしておがんなねのっだず」
そんな会話も大粒の雨にかき消されてしまう。

「一粒一粒の雨がでかいぃ」
雨粒の一個一個を見つめる少女。

土嚢は退屈しのぎに五線譜の音符となって空中へ浮いている。

「こごさコロナウイルスば捨てる分別箱はないの?」
そんな質問をしても少女たちは即答もできず狼狽えるだけ。

「人は食うから垂れるのか、垂れるから食うのか」
「ほだなごど考えねで真面目に食ぇず」

おじさんはこれ以上ない笑顔に背を向け、
ひたすらビールを勧めている。

「やんばいな煙加減だずねぇ」
芋煮も食ってサンマも食ったら、満足過ぎであど何にもいうごどない。

「タオルかぶて待ってだ甲斐あっけなぁ」
少女たちは安堵のため息を吐いた同じ口で、冷たい甘さを堪能できる。

「年金だげだがらよぅ」
「ほだな俺も同んなじっだなぁ」
「血圧の薬も飲まんなねっしよぅ」
「俺もだずぅ」
幸せをかみしめるように草の上で芋を食う。

馬見ヶ崎川は穏やかに光と共に流れている。
双月橋の横断幕も大人しくしている。
大気には芋煮会の復活を喜ぶ山形市民の喜びが揺蕩(たゆた)っている。

「ほだい睨まねでけろっすぅ」
「どごまで芋煮待ちの行列が伸びでいるんだが眺めでいるだげだがらっす」

「橋の下で食う芋煮はなんた?」
芋煮は食べる場所を選ばない。

「ほっだな鍋たがてこねどダメっだなぁ」
本気で食べる人は皆鍋ばたがて鼻息ば荒ぐして会場さ力強く向かう。

「天気いいぐなていがったなぁ、太陽が眩しいものぅ」
太陽に照り映える眩しい頭をチラッと見て思った。
足ばはんばがて食う芋煮は親子を強く結びつけるんだ。

仙台育英の須江監督は言った。
「青春は密です」
この名言に国民は感動した。
今、山形は密です。
みんな青春の気分で食べてます。

「なしてだーっ!」
「あだっぱい捨てらっでだぁ!」
「もう一回大鍋さ戻したらなんたよ」
「いやお包みして持て帰ったらなんたよ」
頭が混乱して、どうしたらいいか分からない。

頭を25度位に傾け、尻は軽く土手に付く程度。足はやや投げ出すような格好に。
これが芋煮を食べる極上の作法なのか?
みんな同じ格好で食べる姿に、思わず頬が緩んでしまう。

「あどしぇ〜ずぁ〜」
「暑くてわがらねはぁ」
芋煮を食べ終え、アルコールも入った体内には満足感が充満してる。

やや疲れ気味のコスモスが「ありがとうございます」とお辞儀する。
馬見ヶ崎河原を後にするみんなにお辞儀する。
と思ったら、ただそよ風に揺れているだけだった。

シャトルバスが太陽の照り返しを受けて、乗客を待っている。
「どれ、家さ帰ったら何食たらいいがなぁ」
TOP