◆[山形市]鈴蘭街・ビエンナーレ 理解を超える秋の夜(2022令和4年9月4日撮影)

昼の熱気も少しずつ去り、闇が大手を振るって街を浸食し始める。

鈴蘭街は歩行者天国。
あの世へ行ける天国じゃない。
地面のろうそくに灯をともす天国だ。

「おらいの嫁がよぅ」
「んだずまぁ」
ビエンナーレの催しには一切関係なく世間話が渦を巻く。

「ビエンナーレの世界には車は入れない。
落ち葉はちょこっと入っても許される。

この間から道路脇にテーブルや椅子が設けられた。
灯りを眺めながらの一杯ができるなんて、なんとも豊かな時間が過ぎてゆく。

「いづ始まんのぉ」
「暗ぐなっじゃあ」
「暗ぐならねどゾンビ集団は現れねの」
「ゾンビが来んの?」
「しゃねげんと」
木製ブランコで退屈をしのぐ子供たち。

「ながなが点がねなぁ」
芸術を本分とする学生は、絵の具をジーンズに施している。

コップの淵にはガラスの中に閉じ込められた光の筋が、
幾重にも重なり合う。

「やんだぐなるぅ」
「点けだど思たら消えるし」
「消えだど思たら点いだし?」
「はえずぁない」

闇の中で鈴蘭街の路面一杯に光が瞬く。
光はか弱いけれど、命あるうちにと辺りへ虹色に散乱する。

路地裏に入り込み、ちょっとイベントから離れて、
イベントそのものを客観視する。
物事は渦中にいるより、外側から見れば分かったりするもんだと屁理屈を付けて。

鈴蘭街のビエンナーレ窓口付近には演技集団エンギニアが三々五々集まってくる。
ゾンビのような風体だが、血よりワインの方が好きらしい。

いつも排気ガスを被っている鯱(しゃちほこ)も、
今日だけは淡い光をまとっている。

鈴蘭街をドローンで撮るらしい。
「光がぷかぷか浮がんでっど、まるでUFOみだいだどら」
「あだいちゃっこいUFOだごんたら、乗ってる宇宙人は指先ぐらいしかないべな」

遂に集結したゾンビ集団(エンギニア)。
よく言えばビニール雨合羽をまとっている。
悪く言えばボロをまとっている。
どっちにしてもあんまり褒めていない。

「うぅ、血が騒ぐ。遂に我らが演技力を見てもらう時ぞ、さぁ皆立ち上がれぇ!」
エンギニアの首領らしき者が、しょぼい飾りつけのひらひらをなびかせて、みんなを鼓舞する。

スケキヨは辺りが見づらくて歩きづらそうだ。
でも絶対に正体は見せられない。
マスクの隙間からはみ出した髪の毛が自己主張の表れか。
とにかく正体は分からないが、スケキヨではないことだけは分かった。

怪しげこの上ないおじさん。
異空間へ誘うにはいい格好だが、
万が一、平日の真昼間だったら確実に職務質問にあう。

鈴蘭街の先のはるか遠くに月が浮かんでいる。
ゾンビたちは皆しゃがみこんで、その灯りにひれ伏しているようだ。

お互いの武器を見せあうのが礼儀らしい。
そしてそのあとに、お互いボカスカ殴り合いが始まる?
訳の分からないパイプを持ち、白熱球のような頭にごくごく普通のパンプスがいじらしい。

やがて白熱球人間は発光し、夜空へと浮遊し始めるようだ。
辺りを見れば皆ゾーンに入りつつある。
これを彼ら彼女らはビエンナーレハイというらしい。
「んでも観客はポカーンとしてんだげんと・・・」

左からどうぞ。
「分がる?」
「分がんね」
「金返せぇ」
「そもそも金など払ってないし」
カオス状態のゾンビたちに、皆どう反応したらいいか分からない。

「サイババが?」
「はえずぁ砂ば手から出すんだじぇ」
首領らしき者は指先から金を振り撒いている。
これはサイババを越える霊能者か!
「否、暗い場所での撮影でそう写ってしまっただげだっす」

「おぬしは何者!我が集団を愚弄する気かぁ!」
「い、いえ滅相もござりませぬ。お許しを」
怒気をはらんだ首領様は百均で買ったような飾りを身に着け、
塩ビ管を振り回す。

「泣ぐ子はいねがぁ」
「それはなまはげだべ」
「血吸うたろかぁ」
「それは間寛平」
いろんな突っ込みを入れたくなる衣装だが、
それに応えて、フードから垂れている青いビニール紐が冷や汗を表している?

ゾーンに入ったゾンビたちはビニール合羽で、奇妙な舞を始めた。
これは、奇祭の誉れ高い岩手の蘇民祭を凌駕するかもしれない。
と期待するが・・・。

「なんなんだべねぇ」
「んだずねぇ、なにしったんだべねぇ」
まったく理解不能な非現実的舞いに戸惑いつつも、二人は離れない。

「ばんげ何食う?」
「くきな煮」
二人は足先を揃え、自分たちの世界へ入り込み、ゾンビ踊りにはもう目を向けていない。

灯りを器用に避けながら、エンギニア集団はまだ舞っている。
しかもこれはまだ第一弾であって、これから第二弾もあるというのだから恐れ入る。
ビニール合羽の中は熱で蒸し蒸しなんだべなぁ。

こんな看板ディスプレイを出されると、目はそっちを向いてしまう。
踊り疲れたらさぁどうぞと強くエンギニアを誘っているようだ。

とんでもない事象を目の当たりにして、目は香澄町、耳は十日町になってしまった。
常軌を逸した奇祭も、看板にとってはどこ吹く風。
「昭和30年代にも鈴蘭街では仮装行列の祭りがあっけどれ」
「あれに比べれば、しょぼい行事になてしまたなぁ」
確かに仮装行列の時は黒山の人だかりだったらしい。

鈴蘭街からちょっと離れれば、
そこには現実の平和な世界が広がり、もうすぐ眠りにつこうとしている。
とにかくあの狂気に満ちた灯りから離れて現実へ還ろうと足が急く。

街はすっかり闇に覆われている。
やっぱり街は平和なんだと安堵の吐息をつき、
エンギニア(演舞集団)に一杯食わされた、
否、まんまとそのヘンテコな世界へ引きずり込まれたという事で、
芸工大生へ感謝の意を表します。てが。
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