◆[山形市]山形大学界隈 光がオレンジに変わる頃(2022令和4年6月5日撮影)

壁に斜めのラインを描きながら、バラたちは傾いた光へと溢れ出てくる。
「ほだい急いで外さ出でダメだ」
「止まれ」は西日を受けて眩し気に注意する。

翁草は髭剃りをずーっとしていないお爺さんのように顔中ボサボサにして、
空へ浮かんで西日に輝やいている。

何年か前に山大の学生寮へ出かけて行った。
再び訪れると、みんな笑顔で律儀に並んで迎えてくれた。
というか、こんなダックちゃんはいなかった。
大体、寮生たちが皆こんなに笑顔なら気持ち悪い。

それでも変わらないのは壁際の塑像。
相変わらず憂いを含み、火気厳禁を見つめている。

「あたしはおまえば座らせるために椅子になてんのんねがらな」
白いお洒落な椅子は、足をプルプルさせながらプランターを支えている。
「まずしぇっだべ。表さいるいだげでも」
壁の裏側に立てかけられた傘は表舞台に立ってみたいと思いながら口走る。

「あど乾いだがらよぅ、窓開げでけろ〜」
モップはぴしっと閉められた窓へ縋りつく。
ボサボサの髪の毛はまだ生乾きのようだ。

太陽が傾くに従い、電柱の影が壁をニューっと這い上っていく。
上の窓へ届いた電柱は目的を達成し、やがて日が暮れて消えていく。

「いづのこめが、こだんどごさ綺麗な花壇が出来だんだなぁ」
ちぇっと立ち止まったり、目が疲れたら眺めたり、
こんな小さなスペースが街並みの潤いになる。
「あ、んでも見とれて信号青になたのb気づがねのは困るっだなね」

「背中がむず痒いのよね、なしてだべ」
信号が呟く。
背後ではヤマボウシが西日を浴びて、サワサワと囁き合っている。

毎朝出かけるときは「ぞいごす」と凄まれ、
毎夕帰るときは「すごいぞ」と励まされる。

太陽はいよいよ白鷹山へ吸い寄せられてきた。
人々は逆光で黒くなり、自分の影を硬い歩道に這わせながら歩んでいく。

山形駅からまっすぐ東へ伸びる通りを、
一直線に光が走ってくる。
山交バスは、その光へ向けて西へ向かって走っていく。

歩道はややオレンジ色に染まり始めた。
その幾何学模様の上を、人々はそれぞれの思いで、
それぞれの方向へ進んでいく。

さっと目の前を横切って走り去る。
影はそのスピードに追いつけず、ビローンと間延びして付いていく。

山南の校舎を超えてグランドを夕陽が滑ってくる。
ネットの網目で細かく砕け散った光が辺りに散乱する。

ばっちゃもじっちゃも家路を急ぐ。
「今日はうごぎご飯でも食うがなぁ」
淡い光の中で人々はそれぞれの人生と夕陽を背負う。

脇道からスイッと女子高生が現れた。
「今日の夕飯はなんだべなぁ。食後は紅はるかば食だいなぁ」
光に染められた道を滑るように夕飯の待つ家へと急ぐ。

かぐわしい匂いが辺りに漂う。
焼き鳥のお品書きが西日に浮かび上がる。
近所から自転車が近づき、焼き鳥屋さんの前でブレーキの音が鳴る。

山大の壁にダイレクトにぶつかる西日。
桜の木は何度この壁に自分を映して見たことだろう。

変則的な窓の位置が気になり、中を覗いてみたくなる。
その窓へ桜の影が引っ掻き傷をつけるようにへばりつく。

「かくれんぼでもしったのが?」
「眩しくてよぅ」
自転車は壁に隠れて太陽から体を背けている。

ネットの支柱がグランドへグーンと伸びている。
奥羽の山並みが光を浴びて、ひと際緑色が濃くなった。

転がった小さなボールにさえも光は照りつける。
ボールの縫い目は土の湿気でふやけそうな白い皮をしっかりと押さえつけながら夕陽を見つめている。

ポーン、パーン。テニスボールの音がネットの中から弾け飛んでくる。
それでも選手の影だけはネットにぶつかり、越えてくることはない。

いよいよ太陽は西の山並みに近づいてきた。
自転車たちはキラキラと輝きながら、自分たちの影を大きく膨らまている。

山大のグランドに遮るものはない。
西日は滑るように思いっきり地を這っていく。

山大グランドと道路を遮るフェンスの影が、歩道へ歪んだ形で落ちている。
「なしておらだは真っすぐなのに、影はあだい歪んでるんだ?」
フェンスの強い口調に、歩道は自分たちの凸凹を恥じらうように萎縮する。

「どうれ、あと少しだぁ」
今日最後の仕事を荷台へ積んで、郵便のバイクはオレンジ色の街へ走り去る。

バラの枝は退屈しのぎに太陽へ触れてみようと、
その枝先をそーっと伸ばす。
日没前の大気も一瞬止まった時間に、バラは小さな冒険を試みる。

オレンジ色は街を覆いつくした。
街のオレンジ色は、人々の心へ安堵と寂しさを充満させる。

「バイバーイ、また明日ぁ」
ハルジオンは遠ざかる太陽へ明るく手を振り、
一抹の寂しさを背後へ隠す。

蕩けるようなオレンジ色の大気が街や山大のグランドを包み込む。
やがてやってくる闇を恐れるように、街は刻々と変わる光の移ろいを受け止める。

「どうれ、いっちょう走って最後にすっかぁ」
お互いに無言で足を前へ踏み出し、今日一日を締めくくる。
TOP