◆[山形市]鉄砲町・八日町 春がむっくりむっくりずんずんずん(2022令和4年4月9日撮影)

ロケハンのために、前日の夜八日町へ向かう。
五日町踏切を闇を切り裂くように電車が轟音と共に走っていく。

「想定内っだず」
咲いてないのは分かりつつ光禅寺へ来てみた。
石造りの橋のたもとで、粒粒に膨らんだ枝先を見る。

花びらの影が揺らめく姿を見ることもなく、
枝ぶりだけを水面に見る。

「やっと梅が咲いだばりがぁ。今年は咲くの遅いずねぇ」
誰が言ってるのかと耳をすませば、背後のサンシュユたちが囃し立てていた。

真っ青に空が晴れ渡ったのは何日ぶりだろう。
そしてその空に合うコントラストを付けてくれる花びらが開いたのは。

あんまり空がまぶし過ぎるので、ふと地面に目を落とす。
真っ白な花びらから黄色い触手がツンと空へ伸びるクロッカス。

花なのまだだどれぇと言いつつ、よくよく見れば、あだい膨らんでだんだどれぇ。
光禅寺正面の彫り物を背景に、浮き立っている木の芽たち。

光禅寺を後にして辺りを巡ってみる。
小さな三角形の敷地が公園(あずま公園)になっており、
そのフェンス近くにヘンテコな花を見つけた。
真っ白い毛で覆われた筒の先が黄色い花びらになっている。
あ、まずい。フェンス越しに人の家の土地を覗いていたので家主のおじさんが現れた。

「写、写真撮っていいがっす?す、すみません。この花なんていうんだっす?」
三歩歩くと物事を忘れる私は家に帰って調べ、「ミツマタ」と知る。
ミツマタの樹皮はお札を造るのに使われるそうだ。
金の成る木ではなく、金に成る木だった。

若々しい声のする方に足を進める。
中央高校のグランドでサッカーの練習仕合をしているようだ。
竜山はまだ真っ白なのに、今日の気温は20度を遥かに超えている。

「象の歯ブラシだが?」
「誰が象ば飼ってのや、グランドの土ならしっだべず」
あんまり暖かくて天気がいいので、ブラシの一本一本は空に向かって伸びをしているようだ。

「なんでグランドさ車があんの?」
「なして窓がビニールで塞がっでんの?」
「なんだてガムテープがくたびっでだどりゃあ」
結局何もわからずビニールの光の反射が眩しくて目を逸らす。

「暑っづくてわがらねぇ」
さすがにその気持ちは分からなくもない。
何しろ四月初めに20度越えなんだから。

若者は力任せに頭をごしごし擦る。
飛沫が辺りにまき散らされる。
周りに立っている者は呆れてにやにやしながら眺めている。
きっとこの子はあらゆる面で人気者だんだべな。

その先に六小の校舎が見える。
手前では春を告げるレンギョウが青い空に映えている。

何処を見ても目を凝らせばこんな光景が広がっている山形。
むっくりむっくりずんずんずんと春は膨らみ、一気に世界が緑に変わる寸前だ。

「やっぱり何処から見ても六小は立派だんねが?」
母校だからそう見えてしまうのは仕方ない。
「んだげんと、自分がいたころの六小はもっと風格があって凄いんだっけず」
「何しろ進駐軍が入ってだっけし、銃弾なの見つかったりしたっけがらねぇ」
「なんといっても自慢はスロープ階段だっけげんとな」

円形を描いた正門は、修理をされているのか、より綺麗に掃除されているのか知らないけれど、
「俺の口から出てくる言葉は、六小よ永遠なれっだなねぇ」

「早くて紫陽花なのすぼめた口が開きかげっだどりゃあ」
花が咲くまではまだまだ時間があるのに、この暖かさで待ちきれなくなったのか。

「六小前の歩道橋が出来だのは、俺が五年生の頃んねっけがなぁ」
「あれから造り替えられたがはしゃねげんと、もしそのまんまだどしたら五十年以上経ってるんだじゃあ」

赤い車のリアウインドウに太陽が張り付いている。
青いトラックのフロントウインドウにある青いヘルメットが暑さでばてている。

日産の塔は昔から青い空に聳えている。
晴れた日に歩道橋から山形を見回すのは胸のつっかえが取れるように気分がいい。

「今日は休みんねのが?」
歩道に影を引き連れ学生たちが軽やかにペダルを漕いでいく。

「人の敷地内ば撮んのは気が引けっげんともよ」
「撮っている自分の位置が公道だごんたら許さんねがい」
勝手な理屈をつけて撮りたくなるほど、植木たちは光輝いて嬉しそうだった。

「気持ちいい〜」
タオルたちがありったけの喜びの声を上げている。

「こだんどごで腕立て伏せしったのが?」
「鍛えでおがねど今度の冬が大変だがら」
ちょっと気が早い気もするし、それより赤い腹さでっかい穴が開いている。
「無理すねで休めはぁ」

路地を歩いていると顔にかかる位置に蔓が伸び、振り払おうと手を上げる。
一瞬その手を止めて、よっくど観察する目になる。
今まさに生まれようとする芽が膨らんでいる。
振り上げた手を降ろし、その蔓ば避げで通る道ば選んだっけはぁ。

足は八日町の勝因寺境内に向く。
もはや我慢できない蕾たちがはちきれんばかりじゃないか。
冬の間に準備を怠らなかった結果なんだべなぁ。

「なして俺がこごさいっか分がらねんだぁ」
鍋は道路越しに呟いている。
「まずは頭冷やせぇ」
鍋は頭を冷やそうにも、ジリジリと照り付ける日差しで興奮状態から脱することもできないでいる。

「フキノトウなのどさでも生えるぅ」
わさわさ生えても山形人は誰も獲っていかない。
「フキ味噌なの最高なんだげんとねぇ」
ぶつぶつ呟きながら涎を口内に溜めて、伸びすぎたフキノトウと対峙する。

「八日町ったら街の真ん中だべした」
「んでもちょっとしたどごさ、こいな光景があんのよねぇ」
郊外の新興住宅街にはない味が染みこんでいる八日町。

指先ほどの先っぽに幾層にもみっしりと花びらが詰まっている。
春は小さく小さく準備をし、大きく大きく花開く。

「桜咲いっだどりゃあ」
「こごはいっつも早いんだぁ」
「おまえの早弁みだいなもんだな」
春のさきがけは何といっても「あぢやま桜」
開花宣言の前に、いっつもフライングして咲いてくれる桜に顔もほころんでくる。

「この味山の文字が見えねえかぁ!」
「率先して真っ先に咲いてくれる味山さん、ありがどさま」
今年初めての桜を拝み、思わず年季の入った木彫りの文字にも頭を下げてしまった。
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