◆[山形市]駅西・五日町 雲低し昭和は遠し梅雨近し(2021令和3年5月30日撮影)

黒雲が空を支配するように覆う。
山形の高いビルたちは、雲がかすらないように頭をすくめる。

「こだな街並みば子供の頃誰が想像したず」
昭和のおじさんは慨嘆とも驚嘆ともつかない吐息を漏らす。
新幹線は画面からはみ出すほどに鼻をツンと伸ばして令和の時代を疾駆する。

「どさ停めっどいいんだずねぇ」
びっしりと整然と固まって並ぶ自転車に呆然とする。
「んでもよぅ、こんでも昔から比べだら、高校生だ減ったのっだずねぇ」

「なんだなんだ?皆あっちば向いでカメラば構えっだりゃ」
軽トラは駐車場の薄暗がりで不思議そうに様子を伺う。

新幹線がゆったりと威厳をもって構内に入り込む。
シャッターを切るのに余念のない人々に、さっきの軽トラは唖然としながら腑に落ちる。

「鼻っ面ば一反木綿が這ってだどれ」
レール脇の雑草は見上げながら新幹線に声をかけてみる。
どうやら自分で鼻先の鳥の糞を落とすこともできず、ただぬめッと車体を光らせている

「だげんとよぅ」
「だべぇ」
「んだっだずねぇ」
「んだべぇ」
テルサの脇を切れ切れに聞こえる会話が西から東へ移動していく。

昭和は覆いつくされ、生まれ変わった駅西地区を、その端っこで見守っている。

これ以上際立つ立ち位置はない。
ヨレヨレの背景の前でスキッとした黄色が浮き上がる。

「どだいして停めだんだべねぇ」
開いているのは右側だけ。
上も下も前も後ろもギリギリのスペースに収まっている。

無残。
電柱は言う。
「折れる場合もあるっだず。んでも人目に付く場所さ置がれんのだげはやんだなぁ」
ちょっとの配慮で隠してあげて欲しかった。

「ほりゃ、この花ばなんていうんだや?」
「ほっだなただの雑草だどれや」
おばちゃんたちが去った後、
黄色い花たちは悔しげな表情を浮かべ、それでも上を向いた。

「何ゆてっかわがんねずぅ。んだて言葉がぼやけけでるんだもの」
ラベンダーはどうやら、こごさ車ば停めんなと言っているらしい。

露に濡れる千日紅。
「けっして涎(よんだれ)んねがらな」

頭の上に覆いかぶさってくる深紅の花びらは、
その深い色で辺りを別世界に仕立て上げている。

ヤマボウシが、その真っ白な花びらを開くとき、
人々は梅雨が近いと思うべな。

タイヤホイルが退屈まぎれに声をかけてくる。
「おまえの名前はなんていうんだ?」
シランの花は知らんぷり。

看板は盾にされ、その陰に電柱が隠れ、そのまた後ろにバラの花が隠れている。
前に押し出されてしまった看板は本意ではないけれど、
様子を伺うバラの花に、安心しろとか細い声で言ってみる。

背後の小屋は疲れた体を滲ませている。
でも、クレマチスには曇天の空に向かい、全身を晒して迎え入れるおおらかさがあった。

花期の終わったらしいチクチクの上で、
ブランコはオレンジの二等辺三角形をぼかして佇む。

蔓が空にぴょんぴょん伸びるころ、
お父さんは疲れてきたのか「そろそろうぢさ帰っびゃぁ」と、
足でブランコを漕ぎ始めた。

雨も降っていないのにとりあえず藤棚の下へ入り込む。
多くの視線を感じ振り返れば、ジーっと車たちが見つめている。

勢至堂の前の通りを走る車がめっきり減った。
駅の南側におっきなアンダーパスができ、旧街道沿いはひっそりとした空気が漂っている。

壁に合わせておまえたちは咲いてくれたのか。
その同系色が童話の世界を彷彿とさせている。

鳩は何処から現れたのか。
まさか昭和の八幡様から飛んできたのか。
辺りの地面をついばんで、バラの視線など眼中にない。

五日町には丁目がない。それほどに小さな目立たない町だ。
双葉町のビルから見下ろされ、いまでも地味〜に周りの目まぐるしく変わる街並みを見守っている。

「おんちゃん、どご見っだの。行ってしまたじゃあ」
黒いハットのおじさんは走り去る新幹線に見向きもせず、
昭和を見るような遠いまなざしで踏切の前に立つ。

「東京ど山形ば何往復するんだがしゃねげんと、なえだてスマートな顔してっずねぇ」
その涼しげな顔は見る見るうちに視界から遠ざかる。

「黄色いフェンスだがら仲間意識ば感じて近ぐで咲いでけっだのが?」
声をかけても首を振る黄色い花。
どうやらフェンスの方が後からここに造られたと言いたげだ。

閉めれれてしまったシャッター。
「おれはもうくたびっでしまたがらよぅ」
錆の浮いたシャッターは足元の草花へポロっと声をこぼす。

月見草は誰からここへ植えてもらったのか覚えていない。
ただ目の前の車が巻き起こす風に首を振るだけが日課。
それでも自分を恥じてもいないし、未来を信じてもいる。

五日町踏切のちょいと北側にこの通路がある。
地元の人なら誰でも利用するけれど、知らない人は誰も気づかない。
中をくぐれば昭和の匂いがするようだ。

くぐり終えた子供は自転車にまたがり、どこかへ走り去った。
思えば子供の頃にはスキップしながらでも通れた。
今は頭をかがめないとコンクリートに擦られて痛い目に合う。

シャクヤクがビロビロと花びらを広げ妖気を放っている。
花びらの向こうに見える五日町踏切を電車が通り過ぎてゆく。
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