◆[山形市]七日町・旅篭町 鏡の慕情(2021令和3年5月2日撮影)

若葉で覆われた奥羽山脈を掠めるように、雨雲が低く垂れこめる頃、
街は一日の疲れを癒すように気が抜ける。

「でっかいマンションが出来だもんだがら引っ越しがぁ?」
「今日が大安だがなんだがしゃねげんともよぅ」
前が見えないほどのダンボールを抱え、荷物と共にマンションを往復する。

「よっこらしょっと」
「ご苦労様だねっす」
ワンボックスのドアから荷物を運ぶ人へ、
鯉のぼりは寒さに震えながら、それでもねぎらいの言葉を忘れない。

「なしてぇ」
「・・・だべしたぁ」
「しゃねっけぇ」
それが女子高生の歓声なのか、鯉のぼりの声なのか判然としなかった。

「なして紅白幕なんだべなぁ?」
信号を待つ間に大沼を振り返る。
釈然としない気持ちを引きずって、ピヨピヨと鳴る信号に追い立てられて後にする。

闇と灯りが拮抗し、
道行く人は心なしか背を丸める。
七日町は冷たい大気の底に沈もうとする時間。

七日町の小路として昭和から君臨してきた、知る人ぞ知る、
否、市民なら誰でも知っている通路に昭和の残り香だ漂う。
「どごだが分がんね?」
「ジャスコあっけどごの北側っだなぁ」

旅籠町の通りへ白鷹の山へ没する前の最後の光が入り込む。

雲間からヒョイと太陽が顔を出し、シネマ通りのモニュメントや標識を突然照らす。
旭銀座の静寂と夕闇が却って際立ってしまう。

ガラスの向こうには何がある?
もう一つの文翔館が当たり前のように夕日を浴びている。
「そっちの世界も真実なんだが?」
なんだが時計台がちょっと太っている感じがするんだげんと」

市役所前の通りをオレンジ色の絵の具を垂らした大きな筆が、
いきなり現れ染めていく。

窓に西陽があたるホールは、いつも市民の匂いがしたわ〜♪
自販機と空き缶入れはのんびりとテレサテンの歌を口ずさむ市役所前。

街のいたるところでハナミズキは満開だ。
今、陽が沈もうとする今日最後の光に、
ハナミズキは明日もよろしくと満面の笑顔を振り撒いている。

西日は真正面から直接体当たりをしてくる。
工事現場のシートはその圧力に目をしかめ、
まんざら否でもないと受け止める。

夕暮れの雑踏は埃っぽく、行き交う人々はオレンジの光を浴びながら帰路についていく。
そんな日常がありきたりで当たり前であって欲しいと、この小さなモニュメントを見て思う。

南を向いた人々の隙間から西日が漏れてくる。
人々は気にもせず、じっと遠くの何かを見つめている。

「なして俺の方ば見っだの?」
ハナミズキに話しかける。
「あんまり眩しいがら太陽さ背ば向げっだだげだ」
たまたまその背を向けたところに私がいたらしい。

鏡面は街をグニャグニャに曲げて面白がっている。

なんとはなしに東の空も夕焼けっぽくオレンジ色に染まっている。
街は静かにその色を受け入れている。

静まり返った済生館前の御殿堰。
セブンプラザ跡北側の御殿堰から途切れず繋がりあって、
尚且つこの堰が霞城公園までせせらぎの小径として伸びていれば、
街中心の最高の散策コースになるんだけど。

雨上がりの水たまりの水面は鏡となって常に人を誘ってくる。
入り込みたいわけでもないが、いつしかそっと覗いてしまう。

「ハナミズキも綺麗だずねぇ」
「バラばも忘れんなよぅ」
背後でバラのマークが滲んでいる。

済生館の伽藍が黒い塊となって空を突いている。
その針のような突端に雲は引っかかるでもなく少しずつ闇に紛れ込んでいく。

「どごの都会だず?」
大沼は閉店し旧丸久跡地は高層マンションとなった。
街の変化に気持ちは追いつくのが難しい。

「大沼西口だど」
まだ大沼の存在を忘れられないでいる山形市民。

新しいマンションが七日町の夕景を映し込んでいる。
その鏡面は街の未来をこれから何十年と映していくことになる。

「寒いし、人は来ねしよぅ」
「震えで待づしかないべしたぁ」
小さな鯉のぼりたちはかろうじて体裁を保って並んでいる。

空のオレンジ色が消えかかるころ、
街の灯りがオレンジ色に取って代わり始めた。

黒々と御殿堰の水面がうねっている。
街の有象無象を飲み込んで、やがて霞城公園へたどり着く。

太陽は完全に没した。
昭和も完全に消え去った。
今から山形は何処へ向かう?
鋭角的な街のラインを眺めながら昭和のおじさんは途方に暮れる。

暗闇に密かに咲いたシャガたちは、
暖かく光るオレンジ色の食堂へそっと目を向ける。

「新しい建築はガラスが流行りなんだが?」
「んねっだな、透明な物が流行りなのよぅ」
「レジのビニールだて、食堂の衝立だて、みな透明だどれや」
なんでも仕切りたくなる世界が当たり前になってきた。

「モスラんねが?」
「タイヤあっからモスラんね」
「タイヤなの六つもあっどれ」
鏡面は人々を惑わすいたずら好き。

「なんたんだべねぇ」
その一言だけでなんとなく気持ちを推し量る。
誰もがモヤモヤとした気持ちを引きずって、
揺れる赤ちょうちんを複雑な目で見てしまう。

「寒くて歯の根も噛み合わねぇ」
洗濯ばさみたちは網目をきつく噛みしめて、朝が来るまで長い夜を我慢する。

「いやぁ、くたびっだぁ」
「ちぇっと小腹ば満たしてが」
引っ越しのお兄さんたちは歩道に影を伸ばして灯りに集う。

七日町はゴールデンウイークに入った。
暖かそうな灯りだけが寒空の底に揺蕩(たゆた)っている。

いつもと違い、今年も寂しいゴールデンウイークになりそうだ。
奥羽の山並みは青黒く静まり返り、息をつめて街の明かりを見守っている。
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