◆[山形市]漆房 三密避けたら春の密(2021令和3年3月27日撮影)

風向きが変わった。
完全に山形盆地は春風に覆われている。
第二の人生を風車として生きるペットボトルは、長谷堂の城山を見つめながら思う。

「早ぐ来ねがなぁ」
そばを待ちながら少女は白い腕時計の手で頬杖をつく。
とにかく漆房を始め、山形市の西部には蕎麦屋さんが多い。

漆房の歴史は、おそらくこの郵便箱より古い。
でも、郵便箱も随分古い。
まるで人生を味わいつくした好好爺のようだ。

「いあや、ブンブンだぁ、こだんどぎは花粉症の人は出歩がんねべな」
傷だらけのヘルメットは、大気の温かさを喜びながら人の弱さに付け込んでくる。

眠っていた土筆がようやく目を覚ます。
大地と土筆の関係は、土筆尽くされ振り振られ。

梅は膨らみ、大気の温かさを満喫する。

「ほだいみんなでこっちば見んなず。恥ずかしいべな」
「誰もおだぐば見でいね。背後の太陽ば見っだんだ」
確かにイヌノフグリはカメラなんぞには目もくれず太陽の光を全身で受け止めている。

あんまり太陽の勢いが強いものだから、
明暗がくっきりとした街並みになっている。
小嶋源五郎さんは暗がりの中で四角四面の堅物な表情を見せている。

福寿草は太陽の強さに惹かれ、無防備に葉を広げ、
この世の春を満喫している。

とにかく早春に咲く花は皆黄色。
なぜだかは知らないし、この花の名も知らないけれど、ただ嬉しい。

「なにしったのやぁ」
まっ黄色の花が近づいてくる。
「あんた誰?」と聞かれ、「あんたも誰?」と聞き返す。
もしかしたらサンシュユという樹木名かもしれないが自信が持てなかったから。

冬の色に塗りつぶされていた里山に、黄色い草花がちょこっとヒビを入れ、
やがてヒビは広がって一面が春色に染まっていく。

漆房は山の斜面に広がる村。
通りを歩きながら、遠くを望めば山形の街並みが薄青く広がって見える。

「おらぁ、なしてこだな目に遭わんなねんだぁ」
重たい蓋に腹を抑え込まれ喘ぐビニール袋を、
竜山も蔵王山も、まだ冬の冷たい目で眺めている。

「車なのさっぱり来ねどれ」
双子のミラーは不満げに呟く。
「黙って見でろ」
石垣はぼそっと一言ミラーをごしゃぐ。

「背中暑くてわがらねぇ」
フキノトウはおがりすぎて、体を広げて熱気を放散し始めた。

古い村ならではの光景。
意味はよく分からないけれど、ぼさぼさになった紙が風雪を物語る。

「竹輪が?」
「こだいでっかい竹輪があっか?」
「醤油掛げで食てけっか」
「食たら歯欠げっべな」
昼寝の邪魔をして悪かった。

水路の水音がキラキラの玉となって散りばめられる。
名前に似つかわしくないイヌノフグリは聞き耳を立てながら首を伸ばしてくる。

「なしてほだい色が褪せるまでぶら下がてらんなねの?」
「んだて他にすっごどないべした」
春の日はどこまでも穏やかに、鞘を満遍なく照らす。

丘の中腹にある清源寺という寺の山門をくぐってみた。
出迎えてくれたのは山のような雪。
すでの雪たちは自分たちの行く末を悟ったように黙して語らない。

「雪もないし、こだい天気もいいし、おらだの居場所がないっだず」
スキー板とストックは板塀に寄りかかり、手持無沙汰に脱力する。

「ほれ、もう少しだどれ」
声をかけたら少し膨らんだ、ような気がした。
水仙の膨らみが今にも弾けそうな土手の裾。

竹林に足を踏み入れたら、何かが振り向いた。
「なえだて昼寝しったけのが?」
竹林の葉はどこまでもさやさやと優し気に揺れる。

「邪魔くさいずねぇ、ムニャムニャ〜」
害のないおじさんと捉えたのか、目をつむって再び春の夢を見始めた。

「おまえはにっくきウイルスさ似っだな」
「誤解もいいどごだず。モミジバフウていうんだず」
道端にごろごろと転がる木の実は、いちゃもんを付けられて憤慨する。

「春は黄色、んでも俺はお呼びじゃない、ってがぁ」
「なにひとりで卑下してんのや?」
「水仙どがマンサクどが福寿草どが、みな春の花は黄色くて愛でられんのによぅ」
「おまえはおまえの仕事ばしっかりしてっどいいのっだなぁ」
まさか厳禁くんを慰める羽目になるとは思わなかった。

「おまえは雑草が?」
「失礼だべず。草花さ雑草も雑でない草もあっかず」
ヒメオドリコソウは頭の産毛を震わせて反論する。

軽トラがトロトロと地面をゆっくりと滑ってゆく。
満遍なく広がった春の日差しを全身に浴びながら。

「あらら、足だげ行ってしまたはぁ」
「なに?人だげ裸足で行ってしまたのがはぁ?」
タイヤはびっくりしてどんぐり眼(まなこ)。
ズックはタイヤをだましてクツクツ笑う。

せせらぎの春音が辺りに溢れかえっている。
イヌノフグリはその音階を楽しむように耳を傾ける。

「大胆だずねぇ、上半身無いどれはぁ」
「春だがら屋根なのいらねのっだなぁ」
明らかに冬を超えてきた錆び付き具合なのに、
あくまでも春だから上半身をもいでしまったと言い張る軽トラ。

「んだら、今から長谷堂の城山さ登っか?それとも蔵王が」
軽トラは意気軒昂を装っているけれど、自分の体力が持たないことを、
とても走れる体ではないことを知っている。
TOP