◆[山形市]山形駅前・幸町・鈴蘭街 夏のおわりに宵まかせ(2020令和2年8月22日撮影)

最近すっかりバスにはご無沙汰で、乗り方すら忘れてしまった。
それだけ車に依存する生活をしているのだけれども。
車内はみんな密を気にして同じ方向を向き、間隔をあけている。
※最初っからそういう造りでした。

居酒屋の前にビール瓶が佇立している。
その体には辺りの暮れ行く光景が映し出されている。
自転車は職務上飲むことはできないので、そっぽを向いている。
「おらだはノンアルコールなんだげんともねぇ」とビールが一言。

注意喚起する看板の文字がかすれている。
黒文字だけは二度書きしたせいか、はっきり読めるが、
赤文字は息も絶え絶えに、消えかかる文字が夕闇に溶け始めている。

「ありゃ、でん六のでんちゃんだどれ」
それを聞きつけたピンクの子が訴える。
「あたしの名前は呼んでけねの?」
「ん〜、ペコちゃんにはポコちゃん、ムーミンにはノンノン」
しかしでんちゃんの相手の名前はどうしても思い出せない。
「そもそも名前あるんだが?」

コロナ対策宣言店!という文字だけじゃなんだか堅苦しい。
風鈴が夕闇近づく大気の中で憂いを含みながら場を和ませるように揺れている。

駅南アンダーの壁は、車のテールランプが絵の具で刷いたような真っ赤な色を宵の中に浮かび上がる。

真っ赤な看板がこちらを見ている。
その表情からは何を言わんとしているのか読み取れない。
ふと、白い小さな看板が目に入る。
犬のふんは持ち帰ってください?
そんなことを言いたかったのか。

体が心地よく疲れているのか、二人がゆったりと会話しながら帰っていく。
真上にはただただポジティブな明るい表情の女の子が浮かんでいる。

駅から数分南へ歩くと、そこではすでに夜が始まっていた。

自転車のライトが路面をなぞるように舐めていく。
小さな灯りが通り過ぎた後は、闇が再び路面を黒く塗りつぶす。

福満稲荷の境内にそっと足を踏み入れる。
ピクリとも動かないブランコが、わずかな光を受け止めて闇に沈んでいる。

ふと空を見上げれば、うろこ雲が静かに浮かんでいる。
駅の近くなのに静寂と闇が周りを支配する福満稲荷神社。

どこの家でも今晩の夕飯をお母さんが作っている頃。
トントンと野菜を刻む音や、ぐつぐつと麺を茹でる音が微かに聞こえてきそうだ。

洗濯ばさみに掴むものはない。
闇を掴むには、捉えどころがなさすぎる。

居酒屋の入口に紅葉がスッと伸びている。
走り去る目の前の車に翻弄されて、その葉先はネオンのようにちらちら揺れた。

普段ならこんなに交通量がないような気がする。
さすがに週末は心も解放され、皆どこかへ飲みにでも出かけるのかもしれない。

「おらぁ喉乾いだはぁ」
「んだんだ、早ぐあべぇ」
「ビールは逃げで行がねがらぁ」
会話の内容は密に、間は空けて目的地へ急ぐ。

十字屋が消えてから一年たったか?
すでに新たなビルの骨格ができ、太陽の沈んだ闇の中にクレーンの先が赤く点滅する。

新たなビルの工事中は、どんなビルができるのかとワクワクする。
その十字屋跡地の新たなビルを眺めているのは霞城セントラル。
その霞城セントラルは出来てから20年も経ってしまった。

相変わらず香ばしい焼き鳥の匂いが漂う旧十字屋裏。
腹の空いた時間帯にその匂いを嗅ぐと、頭の中は100パーセント食欲だけになってしまい、
他の思考が停止する。

焼き鳥の屋台は人間のための誘蛾灯。
その匂いをおかずにご飯が食べられると聞いたことがあるけれど、
さすがにご飯を山盛りにした茶碗をもって、屋台の前に立つ勇気がない。

闇の中で点滅するクレーン。
歩道の自転車は周りの灯りを反射させながら、その雄々しさに感嘆して荷台が持ち上がる。

たまにしか使われなくなった公衆電話。
それでも律儀に二台並んで、人の手に握られることを、イルミネーションの中で待っている。

「ったぐ狭いったらよぅ」
旧十字屋と地下への階段に挟まれた一角。
三方から無機質なものが迫ってくるという奇妙な感覚を味わえる。

夜の街はキラキラと輝きだした。
どこの店も恐々という空気を出しているし、街ゆく人々もマスクを外さない。

夜の微風が心地いい。
葉っぱすら殆どなびかない風だけれども、
じわっと汗ばんだ体にはイルミネーションの滲みのように柔らかい。

オブジェは怒っているのか考え事をしているのか分からない。
ただ、周りに漂う灯りと人々の欲望を体に張り付けてじっとする。

「ほだいおっきい口あけで、マスクすろず」
しゃちほこは何事かと、益々ポカンと口を大きく開ける。

夜は長いし、しかも週末。そして夏はまだ終わっていない。
街へ繰り出したい気持ちは十分分かる。
分かるけれども、なにかモヤモヤが残ってしまう。

駅前の飲み屋さん地図。
「こだっぱい店あるんだがしたぁ」
今や花笠ストリートだけじゃなく、スズラン街さえも飲み屋さん街になってしまった。
あんまり昔の事ばいうと嫌われっから、あどやねはぁ。

「様々な事情があるんだべげんと、いったいいづになたらこの空き地が生まれ変わるんだず。」
駅前の一等地は進入禁止の無粋な一言だけで、多くを語らない。

夜になると人はなぜ抱きつきたくなるのだろう。
平日の緊張から解放され、なにかのタガが外れると、人は人にくっつきたくなるんだべが。

バスはハンドルを大きく切り駅前を東へゆったりと滑っていく。
夜の灯りはそのウインドウに張り付き、瞬く間に後方へ流れ去る。

柔らかいオレンジ色が、駅から放射状に放たれ、
闇を遠くへ掃きだしている。

陽はとっぷりと沈み、街の光が少しずつ失われていく。
そんな中、若者は小さなスマホの灯りの中へ心を吸い込まれていく。

「今日も働いだなぁ」
標識は街の灯りが少しずつ減っていくの感じながら、
眠って倒れてしまわないように体を硬くする術を知っている。

あまりにも当たり前の見慣れた駅前の光景。
でも、いつの間にか向こう側にホテルが増築され、見慣れた光景は常に変わることを知る。

「家さ帰るのがぁ?」
口が裂けてもそんな声は掛けられない。
言った時点で白い目で見られ、警察に通報されてしまう。
他人との接触も会話も極力避けなければならない新しい日常は、どうにも生きづらい。
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