◆[山形市]花小路・遊学館・文翔館 闇へ包まれる時(2020令和2年7月23日撮影)

日没に近づき、雲の切れ間がオレンジ色に輝いてきた。
そのオレンジ色も次第に勢いを失い、突き出た時計台の周りを闇が包んでいく。

陽が沈み、文翔館周りにもビルの周りにも闇が忍び込む。

人を呼び込むようにコンビニの灯りがまぶしく際立ってくる時間。
闇の中へ細い触手を伸ばして辺りを伺うキカラスウリ。

背後からブルルンと低音が響き、湿った風へ割り込むように、
山後バスが街の灯りの中へ走り去る。

「なんだて久しぶりだねっす。何か月ぶりだべ?」
頭はストレスのためか、ところどころ髪の毛が抜けている。
声をかけても俯いたまま、返事をする気配もない。

俯いたナショナル坊やは華々しかった昔をずっと思い続けているのか、
もはやそんなことすら頭から抜け落ちて、考えることを辞めたのか。
通り過ぎるテールランプに反応することもない。

四連休のしかも初日だっていうのに、なぜか侘しさが漂っている。
おそらく空が雲に覆われているからだけではないだろう。

「なに前のめりなて覗いでんのや?」
「んだてボンネットの上で、俺と同じ商売してる自販機がいるんだじぇ」
自販機は自分と同じくらい輝く自分の姿に嫉妬しているようだ。

旗は堂々と誇らしげに店先にぶら下がる。
でも街に馴染んでいるとは言い難い。
しかも、その背景を考えると手放しで喜ぶ気持ちにもなれない。
こんな旗のまったくなかった頃にはもう戻れないのか。

「マスクしったの忘っでよぅ、口の中さ箸ばもてってしまたのよぅ」
「俺なのフェイスガードしったまんま顔洗うっけはぁ」
笑うに笑えない逸話があちこちで飛び交っている。

「なにボサーっと突っ立ってんのや?」
自転車は灯りの下で主でも待っているのか。
人の通りもなく、街灯だけが闇の中にぽつぽつ浮かぶ。

世の中みんなが感染数の異様な増え方をニュースで知り元気が失われていくようだ。
そんな時だからこそ一杯ひっかけていたい気分になるのだろうが、
多くの店はシャッターを閉じている。
灯りが見え、賑やかな声が聞こえてこないかと花小路の中へ足を踏み入れる。

闇が街を支配しているだけに、灯りを見るとホッとする。

細い路地をケバケバしい服装の女性が携帯片手に東南アジア系の言葉をまき散らしながら、
どこかの店へ慌ただしく入って消えた。
再び静寂が小路を覆い、空は益々濃さを増してゆく。

銀色のハンドルが地味に闇の中へ浮いている。
何かを語り掛けたい素振りも感じるが、
何を言っていいかも分からず、その脇を通り過ぎることにした。

「お月さん綺麗だねぇ」
「せっかぐ月見してっどぎに邪魔してゴメンなぁ」
パチリとシャッターを切りながら、あれはただの外灯の灯りだと紫の可憐な花に教えるのを躊躇ってしまう。

「この花はなんていうんだっす?」
カメラを持ってうろうろする姿を見つけ、近寄ってきた家人のおばさんに聞いてみる。
如才なく花の名前を教えてくれたのに、挨拶をして三歩歩いたら忘れてしまった真っ赤な花。

この界隈は飲み屋があり、学校があり、図書館があり、しかも旧県民会館や文翔館も近いという、
文教地区と夜の街がドッキングしたような街。
そんな街にも平等に闇は押し寄せ、街灯だけが浮き上がってくる。

遊学館の正面へ足を踏み入れる。
「未来ば見でみろ」
「真っ暗だどれ」
「おまえには暗闇の中さ希望が見えねのが?」
「そんなもの何にも見えね」
兄弟は体が硬直して動けないけれど、お互いの心の中は希望と不安に膨らんでいる。

「いつまで口空けでるんだ?」
「24時間ずーっとだぁ」
「真面目だずねぇ」
「真面目なのんね、普通だ」
郵便ポストは信号の光や、たまに走り去る車のヘッドライトを浴びながら、
微動だにせず、そして余計なことも考えない。

いよいよ夕闇は夜の闇へと完全変身を遂げた。
そういえばさっきも山交バスとすれ違ったずね。
山交バスは山形の血液。
山形に張り巡らされた血管の中を常に走り回って山形という体を支えている。

花笠まつりはなくとも、せめて気持ちだけはとネオンが文翔館の前で輝いている。

「来年は二倍楽しい夏になる」と看板が訴えかけてくる。
なんだが胸に迫るものを感じる。
夕涼みの人々が踊り手のいない通りのぼんぼりの下をゆったりと通り過ぎる。

「なして文翔館が青ぐライトアップさっでるんだ?」
目の前の自転車の少年に聞こうとしたが、その勇気が湧かない。
やがて信号は青になり、自転車の影を連れながら少年はあっというまに走り去った。

誰も来ない、噴水も上がらない。
そんな県民会館の前で母子像が手を突っ張っている。
私が子供のころからまったくその姿は変わらない。
本当はこの子供は大人になっているはずだし、お母さんはもうおばさんだろう。
何十年と時を経たのに昭和のまんまで取り残された母子像。
県民会館は取り壊されても、この像だけはどこかに残してほしい。

「花笠のネオンば撮っておぐべ」
「せっかぐ来たのに花笠らしさってあのネオンしかないものねぇ」
本来なら汗だくになった踊り子たちが到着する文翔館の正門で、
闇と静寂に身を置いてカメラを構えている。

青い文翔館。
ニュースも見てないし、その意味合いも分からない。
万が一、山形で感染者が増えれば文翔館は真っ赤にライトアップされるのだろうか?
「ほいずぁ、なんだがやんだなぁ」

文翔館に青い光を注いでいるライトに近づいてみる。
真上を見上げ、光を一生懸命注いでいる。
その向こうには踊り子のいない通りにネオンが瞬いている。

「お祭りなのないったて、人がこねったて、おらだは咲ぐだげっだな」
花壇にはこれでもかというほどの花々が咲き乱れ、
街灯の灯りを吸い込んでは、色とりどりの自分たちを表現している。

県営駐車場のレンタル傘が手持ち無沙汰に、闇に包まれた文翔館の庭を眺めている。
そういえばふと思い出した。
この県営駐車場って昔は山形市警察署だっけずねぇ。
街は時を経て、どんどんと中心街から郊外へ建物が移っていく。

止まれの文字は正確無比の形で道路に寝そべっている。
街灯の光を受けて庭の柵が放射状に影を伸ばす。
散歩の人はその影を踏みつけながら、いつものコースを進んでいく。

完全に夜の闇が支配した山形市。
山形市民をずっと見つめてきた時計台は、
闇の中へ時計の盤面から光を放っている。
広く市民に時刻を知らせるために。希望の指針を示すために。
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