◆[山形市]黒沢 土蔵と踏切を風が舞う(2019令和元年5月19日撮影)

菖蒲はシトシト降る雨が似合うと思っていた。
その思いは見事に打ち砕かれた。

南山形の案内版に手を掛けて、
巨大な、でも愛嬌のある緑のキャラがヌーッと立ち上がって見下ろしてくる。
黄色い看板は「不法投棄禁止」とあるが、「餌を与えないでください」のほうが良いと思う。

この時期、至る処で見られる光景。
街中で育った私には、その大変さも苦労も分からない。
白いご飯に舌鼓を打つくらいが、せめてもの恩返し。

土管の中をヒューヒューと風が通り抜けていく。
土管は気管支炎になってしまったような気分で、
雑草に悲しげな目を向けている。

水田を渡る強風に髪をなびかせ、ようやく踏切に着いた。
踏切に近づくや自転車を降り、ハンドル押して鉄道を渡っていく。
なんと教育の行き届いている女子高生。

あまりの強烈な日差しに、影を求めて逃げ込んだ。
黒くわだかまる影は風に吹き飛ばされそうになりながらも、
しっかりと軒下にくっついている。

令和の中に昭和が息づく。
「オレど同じだぁ」
強く親近感を覚え、頬ずりしたくなる。

「なしてこごさ居んの?」
黄色い旗」たちが帽子に聞いてくる。
「主がオレば置いで横断歩道ば渡ていってしまたのよぅ」
人は傘も忘れるし、帽子も忘れる。

ハナミズキが終わればヤマボウシの季節。
季節は花は、主役が次から次へと目まぐるしく変わっていく。

羽州街道の道沿いには、各家庭の庭や隙間から様々な花が顔を出している。
おかげで飽きずに歩くことが出来るけれど、旧街道のため道幅が狭い。
テッセンに見とれてしゃがんだら、すぐ脇を車が風を巻き上げ排気音のうなりを上げていく。

何十メートルも続く黒い板塀が昔日の繁栄を物語る。
「ぼ、ぼ、防、火、そう、・・・」
痛々しく吃音で語る看板。
防火水槽の位置を示す前に、自分の体をいたわって欲しい。

見上げるのもきついほどに太陽が真上に上がっている。
軒の端からこぼれ落ちる光が花びらに歓喜を与えているようだ。

この先を左へ曲がれば「黒沢温泉」。
山形市の南の端だ。

電柱や街灯が何本も立ち、背比べをしているようだ。
山崎パンは背中に太陽を背負ってゆったりと電柱をかいくぐる。

上山から走ってきた山交バスが、東北中央自動車道の鉄骨の影を踏んで、
黒沢地区に入ってくる。

「真上は自動車道だべしよ、ほごは山形新幹線で、あっちは不動橋だぁ」
不動橋とコーディネイトした作業服のおじさんが、いいんだが悪れんだが分からない表情で背中向く。

東北中央自動車道もようやく福島から東根まで繋がった。
その自動車道の上を走っても、下をくぐることはなかなかない。
地図に残る仕事は凄いなあと感嘆しながら見上げたら、
すぐ脇の奥羽本線を電車がシャーッと山形駅へ向かってあっという間に走り去った。

雪の下で眠っていた田んぼにも水が張られ、
そろそろゲコゲコと蛙の声も聞こえてくるだろう。
竜山を眺めながら一休みしていると、
強風に煽られた枝が、しつこくしつこく体にまとわりついてくる。

まとわりつく枝を払いのけると、
銀色に輝く電車が風の流れに逆らって鉄路を進んでいく。

電車が走り去るのを待ってしゃがめば、
そこにも小さな生命が空に伸びている。

盆地中が新しい生命に満ちあふれる季節。
「怠惰に寝そべっているのはもったいないべ?」
「誰だよ、オラだばこごさ寝そべらせでんのは?」
仰向けに寝そべっているタイヤは雲の流れをジーッと見つめている。

農繁期だからなのか、小さな踏切なのにひっきりなしにバイクや軽トラが通る。
バイクのおっちゃんは背中に風をため込みシャツがぷっくり膨らんでいる。

小さな踏切だから、お互いに譲り合わないとすれ違えない。
その辺は慣れたもので、地元の人々は進んで相手が踏切を渡り終えるまで待っている。

部活帰りに踏切の凸凹を渡る。
この感触は大人になるまで尻に残ることだろう。

静岡の由比地区は東海道本線・国道一号・東名高速道が狭い一角を併走している。
もし災害などあったらあっという間にあらゆる交通が麻痺する。
ここ黒沢はその山形版。
東北中央自動車道が上を走り、下を山形新幹線が走る。
土蔵の見守る黒沢は、意外にも山形の交通の要だった。
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