◆[山形市]第二公園・松栄 郷愁の桜を追って(2019平成31年4月21日撮影)

電信柱のひび割れは、あたかも老人の顔に深く刻まれた縦皺のようだ。
真新しいコンクリートの電信柱へ、臆するように佇む姿が路地裏に似合っている。

「桜ど似でっげんと桜んねんだがしたぁ?」
「んだのよ。この花はよ、○○○てゆうんだぁ。」
門の中から出てきたおばさんに聞いたけれど、
三歩歩くと忘れてしまう、自分の脳みそを恨んでしまう。

小径の先には福満稲荷が、大通りから隠れるように佇んでいた。
「どさ遊びいぐ?」
「どさでもいいげんと、遠がいどごはやんだぁ。」
この辺の子供達はとりあえず福満稲荷に集まり、
そこで時間を確認し町のどこかへ遊びに出かけるらしい。

「どれ、んだらあびぁあ。」
「どさ行ぐんだっけぇ。」
「第二公園だべした。」
「んだら第一公園はどさあんのや?」
「深ぐ考えっど頭痛ぐなっから、まずあべはぁ。」
いきなり思い立った子供達は、キチンとヘルメットだけは着用し、
髪をなびかせて一目散に走り去った。

「こころをこすぐる」
「あたまをくらすける」
「からだをこちょばす」
全部違います。
全て「きたえる」です。
桜は軽蔑とも侮蔑ともつかぬ表情で見下ろしてくる。

二小は山形駅に一番近い小学校。
今日は休みだけれど、平日はみんな桜に見守られながら通ってくるのだろう。

「頭からビニールばかぶせらっで、落とし物ていう名前まで付けらっだしなぁ。」
道路の隅でマフラーがぽつねんと佇んでいる。
「まさが人ば暖めるはずのあたしが、人から暖められるなて思いもすねっけぇ。」
善意の人はマフラーが寒くないようにビニールをかぶせ、路傍に置いてくれた。
その気持ちがマフラーの気持ちを温かくしている。

街中を歩く度に、空き家や空き地の増えたことに否が応でも気づかざる終えない。
人の気配の消えた家の前で、それでも咲かなければならないと水仙は上を向く。

二小の周りには小径が多く、私有地なのか公道なのか判然としない。
そんな細道の奥に桜が誘うように咲き誇る。

この辺は三の丸のあったところか?
路地を抜けようとする前に、思わず立ち止まってしまった。
桜の花びらはハラハラと舞い、私の心の中にも舞い込んでくるようだ。

「なんだず、なんだず、なんだずぅ、桜ばっかり見でよぅ。」
塀を越え、隙間をくぐり抜けて花の勢いが止まらない。

「頭の髪の毛が、ごしゃいっだみだいに立ってだどら。」
よくよく見れば、朽ちた門柱の頭を覆った新芽が吹き出したばかり。

花びらは一旦石垣を伝って、その縁に溜まる。
やがて一風吹く度に、それぞれの方向へアスファルトを這って去ってゆく。

令和まで持ちこたえようとしない潔さ。
花びらは去る時を知り、平成の名残を惜しむように散っていく。

「どだな草花が芽ば出して、どだな花が咲くんだず。」
錆び付いたプランターもどきでも、その中には生を受けた草花が生きるために蠢いている。

第二公園の桜が満開だ。
子供の頃に夕方遅くまで遊んだ公園が目の前にある。
菜の花の向こうへ気持ちがはやる。

「こちょぐたいったらぁ。」
がっしりと重たそうな体躯を、これ以上ない軽さの花びらがやさしく撫でて舞い降りる。

汽車のレールは前もなく後ろもない。
走ることを許されず行き先を失ったけれど、
汽車は遠くを見る目で何を思っているのか。

「遊ぶべすぅ。どさがあべぇ。」
桜たちが盛んに誘うけれど、汽車は一人遙か遠くへ思いを馳せている。

「こごは吹きだまりだが?」
「失礼だずねぇ、ちぇっと休んでだだげだべしたぁ。」
花びらは舞い降りてみたものの、再び土へ還ることを躊躇しているようだ。

「ほっだい高いどごさ、よぐ登たねぇ。」
男の子は鼻高々の表情でカメラを見下ろしている。

第二公園周辺はビルが林立している。
その空を花びらが舞っている?
いやいや、池の水面を撮って逆さまにしてみましたぁ。

幼少期の思い出の第二公園を後にして、ふと思い立ち松栄の県工業技術センターを訪れる。
この桜並木は父が植えて育てたという。
植えたばかりの頃は腰の高さくらいしかなかったらしい。
「親父は亡ぐなても、桜はぐんぐん空さ伸びでいぐんだずねぇ。」
見上げれば空が見えないほどに花びらがびっしりと覆っている。

「こっちばちゃんと見ろ。」
「一番いい顔でな。」
「恥ずかしいべしたぁ。」
はにかみながらも、桜の下では親の要求を素直に聞き入れることができる。

「雨降っていねのになして?」
蕗の葉っぱは、どうやら抱いている子犬の日傘代わりらしい。

「何考えでんのや。」
「別に。」
「そろそろ帰っかぁ。」
「別に。」
親子の会話は弾まない。
でも、一枚のシートの上に一緒にいることに意味がある。

薄墨色の雲に裂け目ができ、光がスイーっと差し込んでくる。
桜の姿態は影となって壁面に映し出される。

「撮ってけっからじっとしてろな。」
「あーっ、手が痛いぃ。」
「待ってろず、今スイッチ入れっから。」
健気にも父の期待に応えようと、手がしびれるのをじっと我慢する。

「おまえ聞き耳立でっだべ。」
「ううん、何にも聞いでいねよ。」
ふんわりと吹く風に乗って、花びらへ届く人々の楽しげな会話たち。

縄が空と地面をクルクル回る。
「縄跳びじょんだなぁ。」
「あれ?足しか映らねどれ。」
桜は時としていたずらをしたくなる。

ポンポンとあんまり楽しそうな音が聞こえてくるものだから、
太い幹の隙間から、好奇心の花びらが膨らんでくる。

「ほだいはんばがてぇ、恥ずがしいべな。」
「お父さんがしったんだどれぇ。」
子供は父親の力強い後押しに安心し、父親は子供の成長に目を細める。

「ほろげ落ぢんなよ。」
父親の声が下から聞こえる。
桜の幹は父親のように力強くびくともしない。
「どだごどして降りだらいいんだべ。」
困った子供の下には両手を広げた父が待っている。
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