◆[山形市]霞城公園 桜の磁力は強力過ぎる(2019平成31年4月20日撮影)

「やっぱり山形市の三種の神器ば撮っておがんなねっだななぇ。」
「三種の神器ってなんだっす?」
「東大手門と新幹線と桜っだなぁ。」
スマホに次々と納められる自慢の山形。

まだら模様になった乾燥した歩道を歩ける幸せは、
長い冬を待った山形市民にはこの上ない喜び。

「みなちゃっちゃど桜の方さ行ってしまうもねはぁ。」
なんぼ赤く目立っていても、今日ばかりは桜に主役の座を譲らざる終えない。

紅しだれは太陽光を全身に浴び、益々元気づく。
人々はそれを眺め春の喜びを分かち合い、紅しだれは人々の視線をまともに受け止め満足げ。

「最上義光は長谷堂ば向いっだんだじぇ。」
「え?んでもチラチラッと桜の方ばも見っだみだいだっけじぇ。」
「さすがの最上義光さんも、これだげ満開だど気になるんだべねぇ。」

「最上義光さんがむせっだみだいだば。」
「桜の香気が辺りば包んでっからねぇ。」

360度上下左右桜の独壇場。
我も我もと咲き誇る桜に、人々はしこたまアルコールを飲んだように桜に酔っている。

老獪な樹皮の隙間から覗いても、
その先に見えるのは桜・桜・桜、そして酔いしれた人々。

今日だけは桜の発色を助ける演出役に回っている青空。

「ほれ、アベックが歩いっだりゃ。」
「アベックてなんだ?カップルどがペアなら分がっげんと。」
「いまどぎアベックなて言葉はこっぱずがしくて使わんねず。」
桜に諭され、いかに自分が昭和を引きずっているか思い知る。

桜が好奇の目で見ているのはカップルか?それとも霞城公園の案内看板か?

撮られたら撮り返せ。
お互いにカメラを向け合う姿を石垣はがしっと固まって見守っている。

「こごば行ぐどどさ出るんだべ。」
そういいつつ足は止まらない。
「行ぐどごまで行けばいいのっだな。」
すでに若葉の吹き出した桜は、背後から人々の背中を押している。

「団子食だいずね。」
「団子は串さ何個刺さってだ?」
「四個だが?三個だが?」
「三個だべ。」
三個の団子状態に並んだ三人の意見は一致した。

「ここから降りないでけらっしゃい。」
看板は古びた木枠に固定され、黙々と注意喚起している。
「こだんどごさ看板なのあって無粋だずねぇ。」
桜に浮かれた人々は上から目線で通り過ぎる。
看板は卑屈になりそうな気持ちを抑えながら、職務を黙々と実行する。

「あれぐらい空いでっど、まだまだ親密になてねのんねが?」
「いやいや、お互いに心ば許してがら長いがら、ほだいくっつぐ必要もないのんねがよ。」
ベンチに座った二人の微妙な間隔に想像を巡らせる桜たち。

「ほれ、ひ転ばねように気ぃつけらんなねっだな。」
「ひ転んだほうが覚えんの早いんだじぇ。」
桜は覚束ない乗り方の子供に気を揉んでいる。

「オラだが主役になるいのはいづなんだ?」
「オラだはいつだて主役っだな。」
「んだて桜ば見でも、オラだばは誰も見でけねじぇ。」
山形の主役は山形のみんなだべと言いながら、
桜の花びらがすぐ近くに舞い降りて着地した。

朝日連峰の白さがまぶしい。
西門から出てきた人々は、桜の余韻を体にまとい家路につく。

「絵に描いた餅と同じだべ。」
通り過ぎる自転車が言葉を残していく。
絵として描かれた桜は、自分がそんなに旨いものなのかと勘違いしている。
でも、その勘違いを敢えて指摘しちゃだめなんだ。

「ああ、気持ぢいい、ちょー気持ぢいい。」
乾いた道を軽やかに歩けることを幸せに感じることができるのは、雪国の山形人だけのもの。
「カップルはお互いにもっと気持ちいい最中(さなか)さいっべげんとな。」

「ジャンプすねでいらんない!」
「んだて、超満員の観客から囲まっでるんだがら。」
「観客なのどさいだのや?」
「周り中の花びらが皆観客だべした。」

「周りの桜と比べっど花びらが白いずね。」
「かえずはよ、エドヒガン桜ていう種類で、霞城の桜としてこごさ何百年も君臨しったのよ。」
「他の新参者とはちぇっと違うのっだずねぇ。」

何百年の季節の紆余曲折が老体に染みこんでいる。
手足をグキッグキッと押し曲げるようにして、
それでも生きたいという希求を支えに現代に生きている。

「オレなのたかだか昭和・平成、そして令和ば生ぎるだげだげんとも、
霞城の桜は、どんだげの時代ば眺めできたんだず。」
老木の影に隠れて、昭和すら経験したことが無いであろう二人を盗み見る。

「撮りまぐらんなねっだず。」
「撮らね訳にいがねっだずねぇ。」
もはや見ることが目的なのか、撮ることが目的なのか分からない。
でも、その背中を陽光が優しく包んでいることだけは間違いない。

「ほだいお堀ば覗き込んだら、ほろげ落ぢっべな。」
覗き込む幹に一応聞いてみた。
「なにゆてんの、おじさん。この体勢で何年お堀ば見でっど思てんのや。」
「何年やっす?」
「忘すっだはぁ。んでも変な体勢だがら筋肉痛なのは確かだ。」

「くっつぐだいんだげんとぉ。」
「あたしもぉ。」
枝と影とは、お互いに踏ん張って近づこうと力を込めているけれど、
叶わない夢もあるんだと頭の隅に微かに芽生え始めている。

「ちぇっと邪魔なんだげんとぉ。」
「せっかぐ遊具で遊ぶ子供だば撮っかど思ったのにぃ。」
「それはこっちの台詞だぁ、気持ぢいいぐ咲いでっど、なに邪魔してんのや。」
花びらはカメラを追い払うように揺れ動く。

「冥土の土産っだず。」
おばちゃんは肩の痛みも忘れて腕をグイッと持ち上げる。

遊具の中を桜の香(かぐわ)しさがすり抜ける。
遊具はその香しさに緊張感をなくし、鉄パイプが腑抜けになりそうだ。

「あだい満開になたじゃあ。」
「どれんだらオラだも芽ば出すがぁ。」
桜の盛り上がりを見て、遅ればせながら新芽を吹き出す樹木たち。

「バランスが大切なんだがらな。」
「バランスて何?」
「これからの人間関係で必要になんのっだな。」
ギッコンバッタンに夢中になっている子供へそんなことを言っても馬耳東風と心地良すぎる風。

「自撮りするつもりなんだべが?」
「まさがオレど一緒に撮ったりすねべずねぇ。」
犬のお散歩ご遠慮くださいの看板は、
一縷の望みを捨てきれず女の子を待っている。

「あだいして揺らしてもらたら気持ちいいべねぇ。」
親子を見下ろしながら、花びらたちはその微笑ましさを羨んでいる。
そんな花びらは春風に揺らしてもらっていることを忘れたか。

看板の表面へ桜の影が滑るように振り掛かっている。
「あれ?何か変だぞ。ありゃ市営球場があっどれ。」
看板の向こうを見渡しても球場の欠片すらないというのに。
「満開の桜の中で毎年しったっけ山東と山南の野球定期戦はどごさいったんだ?」
春の風物詩が霞城公園からまた一つ消えた。

霞城公園を一周し、体中が桜で満ち足り、気持ちは満腹になった。
「どれ、足もくたびっできたごどだし、今度は腹ば満たさんなねな。」
しだれ桜のピンクをまぶしく見つめながら、霞城公園を後にする。
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