◆[山辺町]大蕨 雪中棚田サッカー大会(2016平成28年2月20日撮影)

どんよりの山形市街を、ぼんやり眺める。
この霞の中にはすでに春が混じっているのかもしれない。

山辺町からずっと上り坂だったのに、ヘアピンカーブが下り坂となった途端、
その先へ大蕨の里が山の中に沈んで見えた。

山形市街は積雪0センチ。
なのにほんの数十分走れば、そこは雪国だった。

「これならハンドんねべぇ」
サッカーにこんな手口があったとは!

真っ白い棚田のあちこちにゴマ粒のように散らばった人々を、
太陽が何事かと鈍色の空から微かに顔を出す。

稲杭はうつらうつらしながら、春でも来たんだべがと喧騒を不思議に思う。

「すっかり恒例だもねはぁ」
「んだっだ。若い人もいっぱい来てけるし、いいイベントだま」

地元イベント感満載のトーナメント表は、空を見上げて決勝を待つ。

「辛っらぐすっどんまいのよねぇ。」
隣でカメラを構えながら、俺も食だいなぁという思いを閉じ込める。

「んだらいぐぞー!」
「敵ば雪の下さ沈めっべ」

ディーオの視線はあらぬ方向を向いているが、
心の中で「よぐ来てけだなぁ。めんごいごどぉ」と言っているに違いない。

キックオフ!
オレンジボールは雪原をあっちへいったり、こっちへきたり忙しい。

テレビ局も「なんたもんだべ」と取材に来てくれた。

さほど寒くないため、雪は湿気を含んで重たいが、
それでも雪原は長靴に削られまくる。

これが冬の山形の常用品。
ゴム長靴は老若男女とともにある。

どれだけ本気なのか表情から読み取ってほしい。
けっしてお遊びなんかじゃないということが分かるはず。

精度の高いコーナーキックが放たれる。
コーナーそのものの位置は精度が高いとはいえないけれど。

「俺っていろんな場面で役立つんだなぁ」
赤いコーンは青い紐に巻かれながら、自分の役割を理解する。

雪に足を取られながらも結構レベルの高い試合。
そりゃそうだ決勝だもの。

ふと気になって棚田の方を見る。
髪の毛を振り乱しジャンプするのはなんのため?

「ああ、ほういうごどが納得した」
なんだか面白そうな画像ができそうだな。
ああ、若者がうらやましい。いや、若者のジャンプ力がうらやましい。

試合を応援しているのはけっして観客だけじゃない。
背後から大蕨の家並みもじっと眺めているじゃないか。

「どさいったず」
「あっちゃあっどれ」
雪を蹴るばかりの足をすり抜けてオレンジボールが逃げ惑う。

普段なら、棚田の中に入ったら怒られるだろう。
でも今日だけは棚田の中に人がいても不思議じゃないし、だれも怒らない。

「足止まったぞ」
いや、時が止まったような冬の村で、いきなり時間が回りだしたようなイベント。

「こっちの試合コートは片づげっべはぁ」
ラインを簡単に片づけられるなんて、芝の上なら考えられない。

ヘディングシュート!
選手の頭が濡れているのは、汗のせいか溶けた雪をかぶったせいなのかは分からない。

決勝はついにPKに突入。
固唾をのんでみんなが見守る。キーパーの掌が曇天の空に大きく広がる。

オレンジボールがネットを揺らす。
冬の大気も揺れる。人々の気持ちにも揺れが生じる。

「決定的瞬間ば撮らんなねべぇ」
こんな近くで見られるのも棚田サッカーの醍醐味。
「NDスタは選手とサポータの距離が遠すぎでねぇ」

優勝チームは歓喜に駆け寄る。
選手との距離が近すぎて、その熱気がすぐにぶわっと押し寄せる。

「サッカー終わたねぇ」
「早ぐわらび汁食だいねぇ」
試合が終わった選手や関係者たちを、わらび汁が待っているらしい。
「俺もお昼だげ関係者になっだいなぁ」

「今日はおもしゃいっけねぇ」
軽いゴールを軽々と運びながら、軽い会話が雪上を歩く。

「みんなで記念写真か・・・本当は俺が主役のはずなんだげんと・・・」
長靴は記念写真に収まりたかったが、だれからもお呼びがないようだ。

「ほれ、早ぐ来いず。腹減ったんだがらよぅ」
棚田に散らばっていた人々は、雪の中にズボズボと足跡を残してワラワラと集まってくる。

今日一番の笑顔を残し、棚田サッカーは無事終了した。
大蕨の里には、またしばらく静寂が訪れる。
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