◆[山形市]陣場・西江俣・江南 真夏の汽笛(2014平成26年7月20日撮影)

堰の流れは穏やかに、ゴミ捨て場は必要だけど堰の上。

二股に分かれる堰。もちろん意図があってのことだろう。
「水利権は生きるために必要不可欠だがらねぇ」
朝顔は朝でもないのに、蔓を揺らして水面を見つめる。

暑さに上塗りされる西バイパスの轟音。

「平べったいポテトチップが鈴なりだどれ」
「ちゃんと名前があるんだっす」
たまに見掛けるけれど、どうにも思い出せない名前。

「そろそろ来る頃だびゃあ」
見学ポイントを捜して、三々五々人々が集まり始める。

蒸気機関車が左沢線をゆったり走るというのに、西バイパスは関係ない。
それぞれの目的地へ向けて無機質な車が走り去る。

「子供の頃、トンネルで慌てて窓ば閉めだっけぇ」
あの頃当たり前に乗っていた蒸気機関車が、今ではヒーロー。
その姿を目の当たりにして、人々は上気する。

奥羽の山並みと山形の街並みを背景にして、機関車は力強く左沢へ向かう。

「どーれ、見だしあどは帰ってスイガでも食うべはぁ」
人々は左沢線沿いから散り散りになって我が家へ帰っていく。

「興味あっどぎばり線路沿いさ来てぇ」
グラジオラスは真っ赤な花びらをフェンス沿いにいつまでも咲かせている。

「まだ、オマエだが。どさ行っても咲いでっずねぇ」
タチアオイは線路沿いで、梅雨空を突っつくように直立不動。

「オラだは人気はあっげんと、みだぐないものの代名詞みだいなごどいわれっごどもあんのよねぇ」
「んだずねぇ、ちゃんと花ば見でがらゆたらいいべねぇ」
ジャガイモの花びらにちょっとだけ同情する。

望遠で西方を狙ってみる。
ミラーがずらっと並んで、逃げ水をぽかんと眺めている。

ノウゼンカズラの滴が道ばたに落ちたのか?
いやオレンジのTシャツをきた人が歩いているだけでした。

「ガックリ、はぁくたびっだぁ」
「なんぼヒマワリでも、朝から晩まで太陽ば追っかげでっど首がパンパンに凝るんだべずねぇ」

まだまだ次々とぽこぽこ咲きそうなキキョウ。
住宅地の中で爽やかさを振りまいている。

百年くらいの時間をいきなりタイムスリップしたようだ。
まだまだこんな空間が存在することに感動を覚えつつ、
スモークツリーのモワモワが異次元の雰囲気に溶け込んでいるのも嬉しい。

「親子が散歩する姿って、ほのぼのとしていいずねぇ」
ピンクの房を力なく垂らして、カライトソウは二人を見送っている。

この景観が山形の街中で存在していることに複雑な感情が湧く。
「んだて住んでる人は維持すんのにかなり大変だべがらなぁ」

「喉渇いだはぁ」
「どいず飲むだいのや?」
父親からジュースを買って貰ったことも、子供はあっというまに忘れてしまうのだろう。
そんな日常些末なことが、親子に何年も積み重ねられる。

この格式ある通りはどれくらいの距離があるのだろう?
市が積極的に整備するといいのか、そっとしておくのがいいのかは分からない。

車がたまに通るけれど、堰はいたって静か。
流れに身を任せる浮き草も、ほどんど動きもせず水面にこごまっている。

葉っぱに付いた水滴は、どれを見ても太陽を写し込んでいる。
ああ、小さな太陽がいっぱい。

ここから数百メートル離れたところが嶋のショッピングエリア。
こんな近距離で景観が違うことはもちろん、包み込む大気の質も違うように感じる。
もちろん人々の心にも影響を与えるようで、嶋地区では我欲が膨大に放出され、ここでは刺々しい欲がすっと引っ込んでしまう。

「まんず、ちぇっと一服していがっしゃい」
「いやいや撮影中だがらぁ」
「ほだごどやねでよぅ」
日曜日の空気が生ぬるくまとわりつき、椅子たちは湧き出る退屈をブチブチつぶす。

危機一髪の光景を目の当たりにして、目を丸くする。
待てよ、今日は日曜日。かぶづぐ寸前で微動だにしない刃。
日曜日にサービス出勤はゴメンだといわんばかりだ。

美しく正しい、日本の光景。
でも現代だから、西バイパスから騒音がひたひたと流れ込んでくることはいうまでもない。

そんな細い腕で温い空気をかき回しても、世の中なんにも変わらない。

「誰の髭が一番立派だぁ?」
「髭の姿形の美しさば競ているわげんねがら」
タマネギはキロキロと太ってぶら下がる。

「オマエ誰?」
静まりかえる神社の境内へ涼を求めて入り込んでみた。
見慣れない実が問いかけてくる。

「おお、カヤの実がぼろぼろ成っている」
これは実ではなく種子らしい。
昔は炒めて食べたり油をとって灯火用に使ったりしたという、人間にはありがたい樹木なんだそう。

樹木の根っこからちょろりと葉っぱが顔を出す。
まるで根っこは腕で、その腕が私に葉っぱを差しだそうとしているようだ。
山形には至る所に小さな物語が隠れているんだなぁ。
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