◆[山形市]楯山 冬は首の皮一枚(2014平成26年3月17日撮影)

「眠かげしったんだが?」
「眠かげなのんね、熟睡しったんんだっけ」
一輪車は枯れ草に突っ伏して、夢の中を彷徨っている。

風間の山神神社にやってきた。
神社は小高い山の上にある。
しかし、熊出没注意の幟が、登ろうという意欲を削いでしまうようになびいている。

山の頂上まではすべて舗装されているという贅沢ぶり。
しかも南斜面を登るので、雪もなく乾いた落ち葉がカラカラと音を立てるだけ。

「そろそろその分厚い防寒着ば脱いだらいいんねがぁ」
確かに今日は10度超え。
鐘楼もそろそろ冬の眠りから覚める頃。

霞んだ大気の中に月山が浮かび、冬から目覚めようとする町がなだらかに広がる。

「太陽ずぁ、ほんてん気持いい」
「ぽかぽかすっど、気持も緩んでくっずね」
参道の隅でドングリたちは春の息吹を満喫する。

「こいなどぎは郵便配達も気持いいんだべげんとなぁ」
「んだず、真冬なのほんてん大変よぅ」
神社から降りてきたら、鳥居の向こうをバイクの音が遠ざかる。

「なえだて水の澄んでっごどぉ」
「こいな光景て、街中ではながなが見らんねもなぁ」
楯山では当たり前の光景が、通りすがりの者には新鮮に映る。

道路の端に積まれた雪の残骸が、太陽には勝てず路面を逃げるように這ってゆく。

自転車のサドルを覆って冬の間守ってきた買い物袋。
ようやく暖かくなり、包みの紐が緩み始める。

「今は仙台も通勤圏だがらねぇ」
青白い山の向こうはすぐ仙台。

簡素ながらも意外に綺麗な楯山の駅舎。
路線図の下の窓から、早春の息吹が感じられる。

「こいにしてぶら下げらっでんの最高よぉ。気持いいばんだぁ」
なんだべという樹木の目にさらされながらも、洗濯物たちは気持ちよさには勝てない。

「おらいの犬はわにでなぁ」
なかなかこっちを向いてくれないのは、ただわにでいるからか、カメラを持つ人間の人相が悪いからか。

「どごがさフキノトウでも出でねがなぁ」
ドラム缶の下を覗いてみたが、小さく萎んだ冷気が隠れているばかり。

「冬も終わりだんねがはぁ」
「三寒四温っだず」
歩く人々の足取りも軽いし、溶けた雪の水面も広がる青空を映している。

「壁さ張りついで、あっちゃ行げ、こっちゃ行げて指示すんのも大変だべ」
,ミラーはまぶしげに顔を背け、矢印は自信満々に方向を示す。

村山高瀬川では奥羽の雪解け水がドードーと流れている。
茶色い河原も緑に覆われるまでカウントダウン。

西を向けば飛行機雲が針のように空に突き刺さって進み、
傾き始めた太陽は水面をギラギラ光らせている。

ビニールハウスの温もりが外にまで伝わってくる。
外に突っ立っているポンプは、何を考えているのか微動だにしない。

乾いたアスファルトをトボトボ歩く。
軽トラが乾いた音を立てて走り去る。
主待ちのバイクは西日に照らされて、欠伸をかみ殺す。

「なんだがおっかないずねぇ。じわりじわりと土の中から這い出してくるみだいだぁ」
人の頭ほどの白菜が、うめき声を発しながらたむろする。

白菜にも西日が当たる。
「おらだは鍋の具材にならねくていがったんだべがなぁ。」
首をかしげつついつまでも考え続ける。

楯山小のグランドから子供たちの歓声が流れてくる。
それに耳を貸すでもなく、少年はじっと奥羽の山並みを見つめている。

「こだい膨らんだじゃぁ。んだがらゆたべ。春は必ずくるんだて」
しっかりと着実に春へ歩み出してる木の芽に、頬が思わず緩んでくる。

溶け出した雪の中から現れたのは、フキノトウでもなく福寿草でもなく、空き缶だった。

淡い暖色系に包まれる夕暮れ間近。
霞んだ大気の向こうへ鉄路が伸びる。

「オマエまだいだっけの?」
「それはこっちの台詞だ」
さっきうたた寝していた一輪車は、タイヤの隙間から光を放ちながら、今日もよく寝たと欠伸する。

今日も終わりだと辺りの空気が告げている。
太陽が沈む前の一瞬はなぜか心が切なく泡立つ。

小屋の窓が朱色に染まり、芽を膨らませた木の枝は太陽を目指す。
「あどいづ来るいがわがんねげんと、まだな」
誰にいうでもなく、この地に心の中でバイバイする。
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