◆[山形市]最上義光没後400年「よしあきフェスタ」(2013平成25年10月13日撮影)

「ほっだなよぅ。なんぼ義光が没後400年たて、噴水の掃除は当たり前にさんなねのっだな」

「もう一回してけろぉ」
「御輿担ぐ前にくたびっだずぁ」
御輿を担ぐ前に、子供も大人も血が騒いで治まらない。

「本局って昔からあっずねぇ」
「今、本局てやねんだぁ」
「名前なのどうだていいのよ。あの建物ば見っど本町だなぁて昔から思うて、それだげでいいのよ」

大観客の前で堂々と演奏する小学生たち。
きっと人に見られることの快感を、全身で感じていることだろう。

本町の街並みが映り込む。
太陽が煌めき、雲が楽器の中を流れてゆく。

「地べたが温かくて気持ぢいいし、音楽はすんばらすいし、いうごどないっだなぁ」

観客と演奏者の間には、画面で見るほどの隔たりはない。

みんな笑顔だ。そりゃそうだ。
三中生の演奏前のトークも絶妙に人の心を掴んだし、演奏はあまちゃんの軽快なテーマだし。

風はちょっと強いけれど、日差しがあるからへっちゃらさ。
あたたまった地べたにゆるりと影が伸びている。

降り注ぐ日差しの中での演奏って気持ちいいべぇ。
金管楽器はキラキラ輝き、演奏者も輝きを放っている。

「格好良すぎっず」
そんなつぶやきは聞こえもしないだろうが、
まだ中学生とはいえ、大人たちの心をがっちり掴み、ほれぼれさせる。

染み一つない初々しい指が、軽快に楽器を捌く。
あまちゃん流にいえば「かっけぇ」の一言。

我が母校三中の若々しい後輩たちは、
晴れ渡る空へ旋律を放ち、その旋律は雲とともに流れてゆく。

一挙手一投足に注目が集まる。
その緊張の中で独奏する気持ちはどんなもんだろう。
「オラの長い人生の中で、ほだな栄誉はまったくないっけぇ」

「天気もいいしよぅ」
「まずまずの人出んねが?」
警備の人たちの顔もほころんでいる。

「そっちの方はなんた?」
「全然だめだぁ」
「なして?」
「んだて後ろさ立ってる人の視線が気になるんだも」
「あ、つま先はみだしたっきゃぁ」

男の子は破れた膜を見て呆然としているけれど、その頭を日差しがやさしく撫でている。

旗をブイブイ振り回し、若さをバンバン発散させてドンドン近づいてくる。
「若いっていいずねぇ」
おじさんは圧倒されて目が釘付けになる。

「将来は絶対行進すっだい」
少年は固く誓いながらジーッと真っ白い制服を見つめる。

「べにがたはなちゃんだっけが?べにばなはなちゃんだっけが?」
太陽は水槽の水面をキラキラ輝かせながら秋の深まりを教えてくれる。

「刀を抜けぇ!」
「ちぇっと待ってけろぉ、長すぎで抜げねもの」

義光が没したのに記念イベントってなんか変だが、
そんな事はどうでもいいじゃないか。
秋風に旗がひらめき、人々が義光を忘れないでいたのだから。

「熱いよねぇ」
この行軍を見ているだけで山形人の熱い思いを感じとれる。

涼やかなまなざし。
その先に見えるのは400年後の「よしあきフェスタ」か、来週の仕事の事か。

「刀は武士の命ぞ」
「抜かれたくなかったら、そのへんてこなカメラとやらを引っ込めい」
そんなおっかないことを言わないやさしいおじさんたちが行軍する。

「なに?付けひげじゃと?」
そんなことを軽くいえる現代は平和なんだなあ。

「わしの付けひげより凛としておるのう」
ギロリと向ける目は武士そのもの。

「くたびっだずぁ、あどどれくらい歩がんなねんだ?」
「タクシー呼ぶがはぁ」
400年前の人々の足腰の強さを思い知る。

「わらじチクチクすっずねぇ」
「つべこべやねで上杉軍ば撤退させろぉ」
現代のゴール、ナナ・ビーンズまで、まだまだ行軍は続く。

「武士ずぁ格好いいもんだずねぇ」
露店のおじさんは、子供たちがおもちゃをいじっているのを注意もせずに、行軍に見入っている。

「兜はプラスチックだが?光てんのはメッキだが?」
「無粋なごど聞ぐな、恥ずがしいべぇ山形人として」

「おおっ、今度は御輿がやってきたぁ」
熱気をはらみながら威勢のいい御輿担ぎがやってくる。

溌剌とした体中に日差しが降り注ぎ、秋の一日が盛り上がる。

御輿はなんと県内各地から十基も揃ったらしい。
これだけの御輿を一度に見られるなんて、義光さんありがとう。

「みんな生きてるなぁ」
担ぐのは重いけれど、みんなで運べば、それが生き甲斐になる。

「おお、我が六椹八幡宮!ほれぼれすっずねぇ」
秋空は光を思う存分に注ぎ、その中を誇らしげにゆっくり進む。

担ぎ手の影も主に遅れじと地を這う。
かけ声も汗も熱気という塊となって北上する。

写真の〆は、個人的にどうしても親しみのある六椹八幡様にしたかった。
あしからず。
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