◆[山形市]岩波 山吹ロード・石行寺(2013平成25年5月3日撮影)

「どっち向いでんのや?雲がぽっかり浮いっだじぇ。見でみろぉ」
声を掛けたらミラーは振り向かずに言った。
「浮いでんのはオマエだべ」

道幅一杯の山交バスがやってくる。
急坂をブレーキ踏みつつやってくる。
大半の席は空いたまま、それでも毎日走ってやってくる。

「ちぇっと目立ち過ぎんねが?」
蔵は自重するようにと声を掛ける。
「なにゆてんのや。今咲がねで、いづ咲ぐの」
オレはそっとつぶやいた。「今だべ」

風は冷たいが、日差しが雲間からこぼれると、辺りは輝き心までポッと温かくなる。

春の淡い色は見ての通りなので説明はいらないと思う。
それより、どうして岩波の公民館だけは公会堂というのだろう?

「この先にある山吹ロードは、桜と山吹のコラボレーションが綺麗なんですよぉ」
乳母車を押した若いお母さんが教えてくれた。
でも、今年は寒くて咲く時期がずれてしまったらしい。

バス停脇に待合所があるのかと思ったら、
それは人間ではなく、ゴミの待合所だった。

空を舞った花びらは、竜山川の渓谷にたどり着き、
岩にぴたっと張りついて、ゆく春を惜しんでいる。

山吹ロードのスタート地点。
西蔵王に登る新しい道路がすぐ脇にできてからは、ありがたいことにこの道を通る車も少なくなった。

太陽がカーッと音を立てて照りだした。
ワサワサ揺れるユキヤナギがまぶしくてしょうがない。

山襞を覆う山吹。
すこしばかり異次元へ迷い込んだような気になる。

「昔はよ、茎から中身ば引き出すっけのよ。はえずばズッキてゆうのよ。スポンジみだいなだっけ」
母親が教えてくれたので聞き返す。
「そのズッキば何すんのや?」
「しゃねぇ。戦争で使うみだいだっけよぉ」
母はしばらく遠い目をして微かな記憶を辿っていた。

山吹を揺らして、若者の声が賑やかに転がり落ちてくる。

「何みなして、Tシャツの中さ手突っ込んでぇ」
「寒くてぇ」
「若い者はおもしゃいごどすっずねぇ」
山南の生徒たちは、部活の練習でここまで走ってきたという。

「ちぇっと止まてろ。撮らんねどれ」
渓流沿いに吹き込んでくる風に、山吹は手招きするようにいつまでも揺れている。

山吹を説明する言葉にだんだん詰まってきた。
とにかく一見の価値ありだがら、見に来てけらっしゃい。

ようやく山吹ロードを過ぎると、そこにはまた違う空気をまとった世界が広がっていた。

「あそごが岩波の停留所なんだぁ」
小さな紫のムスカリが寄ってきて耳打ちしてくれる。

この世に生を受けたばかりの紅葉の若葉が、
右も左も分からずに大気中で戸惑っている。

石行寺に着き、ふと空を仰いでみる。
雲の流れはやや速い。生まれたての若葉は冷たい空気に少しずつ慣れようとして膨らんでいく。

太陽を浴びて、薄ピンクの花びらはホロホロと舞い落ち、若葉がそれに取って代わろうと輝きを増す。

今しか楽しめない彩りが目の前にある。
この若葉たちと同じ大気の中にいるという幸福感が心に満ちる。

小さな池を真っ青に塗り込める青空。
若葉は、何故水面を雲が流れるのか不思議そうに見下ろしている。

満開を過ぎ、若葉に居場所を譲ろうとする花びら。
その儚げな表情を、背後の漆喰は何年も見つめてきた。

「そういえばさっき乳母車のお母さんがゆったんだっけ。秋の紅葉は最高だて」
ふと思い出しつつ、春の沸き立つ生気もいいじゃないかと心が踊る。

漂う空気に始めて触れた若葉は、恐る恐るモミジの手のひらを広げている。

本堂の軒下にいる薄暗い空気は、じっと黙して風任せの枝垂れを見つめている。

「なにやんだがてんのやぁ?」
蛇口がキツい口調でいう。
「んだて、まだ冷たいべぇ」
バケツは頑なに逆さまになっている。

「ぽつらぽつらとしか、欄が埋まていねどれ」
欄の隙間ば埋めるほどバスど人がきたら大変だぁ」
バス停は、一日数本のバスで十分と心得ている。

小さなラッパを吹きながら、流れる雲に問いかける丘の上の水仙。

「オマエだ旨い旨いて食うくせしてよぅ、人相悪れなていうなず」
タラの芽は陽を浴びながら文句タラタラ。
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