◆[山形市]十日町・三日町 古き町名を訪ねて(2012平成24年12月2日撮影)

庄内から月山を越えて流れ込んでくる雪雲は、山形盆地の中程で息切れし、
雪を降らす力をなくして寒風だけを吹き付けてくる。

時たま顔を出す太陽は、顔を向けてくるハボタンを赤く透かしている。
人々の興味は食べ物にだけ向き、そそくさと産直市場に吸い込まれてゆく。

「オラだば宣伝してけっだんだが?あの看板は」
「んねな、庄内の新鮮な海の幸だど」
「なんだずぅ。いづまでここで干さっでらんなねんだずぅ」
人間が干されるのは辛いことだが、青菜にとっては心地よいことなのに愚痴をいう。

昨夜から降り続いた雪は、葉っぱの縁にちょいとたづいでいる。
まだまだこんな雪はひよっこだ。

「蝋燭町?オレみだいに若い世代だどわがらねなぁ」
「おだぐ、五十も過ぎで山形の町名わがらねなてもぐりだべ」
今や五十代でさえ分からない旧町名。

上山からきた山交バスが、暖まった空気とともに
人をどんどん吐きだしていく十日街角バス停。
「つったい風が入てくっから早ぐドア閉めでけろど」
一応乗客の代弁をしておく。

「濡っだ地面だど、くっついではぁ、落ち葉ば掃ぐの大変なのよ」
秋にすがりつく落ち葉の気持ちは分かるけれど、季節の移り変わりには逆らえない。

原付バイクが排気音とともに放出する熱は、冷たい大気の中では、焼け石に雀の涙。

家並みの間から常念寺が見えてくる。
町の真ん中は時代から取り残されたように、昭和の湿気を含んでいる。

「こだな誰も見でけねどごで咲いででもしょうがないべした」
「誰も見でねようでお天道様はちゃんと見でんのよぅ」
「んだがしたぁ。なんだがよっくわがらねげんと・・・」

ピリピリとひび割れたアスファルトがズベラーッと寝そべっている。
雪に埋もれる日を静かにカウントダウンしながら。

「何年か前にもこごさ撮影しに来たっけなぁ」
既視感を覚えて思い出す。
「あん時と何にも変わらねげんと、時間は動いっだんだべが」
時間とともに空気すら動きを止めてしまったような昭和の街並み。

雲間から雪がこぼれ落ちてきそうな空の下。
「元気になかよくあそびましょう。材木児童遊園」の白い看板が、むなしく虚空を見つめている。

「誰も揺らしてける人なのいねんだじぇ」
紅葉の葉っぱはただ一人でブランコに乗り、短かった秋を思い出している。

うねった石畳に散らばる落ち葉たち。
あどは雪の下さ埋もれるだげだべと諦観が支配している。

小径にスイッと日差しが流れ込んでくる。
両脇の落ち葉たちは、ただそれだけのことで気持ちが浮き立っているようだ。

「おまえだはよぐ飽ぎねで、いづまでも青々としてっずねぇ」
ひしゃげて赤錆びたドラム缶は、終の棲家が青草の上で良かったと目を細めてつぶやく。

棲む人がいないのか、ドアガラスには緑だけが映り込む。

柿の実も大半が地面に還った常念寺の通り。
秋の微かなぬくもりが去り、寒気がほっぺたをなぶっていく。

「おだぐ明治生まれ?」
牛乳箱は暑さと寒さにさらされすぎて、
焦げ茶色の肌に苦悶の皺を刻んでいる。

「誰が靴脱いで横断歩道ば渡れてゆたんだべ?」
「律儀な子供だもなぁ」
残された靴は、縁石で途方に暮れている。

「ありゃあ、オレ映ったどれ」
「自分が映るなてヒッチコック気取りが?」
くすんだ柱にへたったバイクのシート。このスルメの味のような風情の中に自分も一緒に居てみたかった。

聖徳寺のクランクが近づいてきた。
車社会にそぐわないクランクも、街並みに変化を与えるスパイスになる。

節穴の黒さばかりが目立つ、すっかり色を失った板塀。
ふんわりと日差しが染みこんで、わずかばかりのぬくもりが蘇る。

「スーパーはみな郊外さ行って、街の中ほど買い物が大変だもねぇ」
「んだずぅ。昔は街角のどさでも八百屋どが魚屋があったんだっけげんともなぁ」
会話は花びらを通り過ぎ、再び街角はシーンと静まりかえる。

空に広がる細い枝は、これからの冬を寒風にさらされながら、忍耐強くじっと春を待つ。

「家さ帰ったらうがいさんなねがらな」
「手も洗うんだべ?」
エノコログサはインフルエンザの怖さも知らず、ただ地面にぬだばっている。

「退屈だぁ」
「退屈ど友達なのが?」
「んだぁ退屈で頭がいっぱいだぁ」
あんなにドウダンが真っ赤になっているのに、少女は遊ぶ人もなく、ただ地面を蹴っている。

なんぼ新しい町名が跋扈しようが、
住民の間ではしっかりと旧町名が息づいている。
チリトリに書かれた材木町もそう。
さっき見た鞘町や蝋燭町の道標もそう。

「ありゃ、なんだべ紅の蔵の職員さんが忙しそうにしったりゃ」
「何がイベントでもあったんだがっす?」
冷え切った体が興味を示し、
一応門をくぐってみようかと足が動き出す。

真っ赤な傘の下から、雪をかぶって薄青い竜山と千歳山が覗いている。
周りに緑がなく、無味乾燥なアスファルトとコンクリートに一層寒さを感じ、心と体が暖かさを希求する。

「がはは、紅の蔵さ来ていがったぁ。寒んむいどごで食う蔵王からから汁だじぇ」
無料で振る舞われたからから汁のおかげで体が温まり、感謝の気持ちと鼻水があふれ出る。
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