◆[山形市]植木市 薫風の本領(2011平成23年5月8・9日撮影)


[5月8日]
「なんだが雲行き怪しいずねぇ」
さっきより揺れの強くなった草木がザワザワと胸騒ぎをあおり立て、黒雲が心の中にも広がっていく。

勢いを増した黒雲は町を灰色に染めて風を巻き起こし、ビダビダと路面にぶつかる雨が騒ぎ立てる。

マンホールの蓋にすがりつき、
散った桜は濡れそぼった体で行く末を案じている。

「なんぼ頑張たて、こっだい地面ば濡らすのは無理だもなぁ」
蛇口は諦め気味に下を向く。

「こっだな天気じゃどうしようもないなぁ」
雷鳴がとどろく驟雨の中で、桜の葉が小刻みに震える。


[5月9日]
皐月の天気は移ろいやすく、昨日の荒天が嘘だったのかと思う天晴れな快晴。

河原で立ち枯れていた草木も、山並みも萌葱色に染まる。

春はあっという間に終わったと、花びらとさよならした赤い萼が薫風にチリチリ揺れる。

「気持ぢいい〜!」
「昨日は突然の雷雨でしゃますしたもなぁ」
光を透かした若葉が大空に伸びをする。

「なえだべぇ、あららぁ」
橋の下を束の間覗き、何事も無かったように歩き去ったおばさん。
いったい何があったんだろうと、喉に小骨が刺さったように気になって仕方がない。

「タンポポみだいに強ぐ生ぎらんなねがらな」
わずかな隙間でもあればすぐに群生する、タンポポのたくましさ。

誰もいない。時間が抜け落ち、ただスポーンと薫風が吹き抜ける千歳公園バス停。

「植木市の待ち合わせは護国神社の前でが」
おばちゃん達はまだ来ぬ友を待ち、世間話の花を咲かせる。

「連休明けでも、もたくたしてねで一気に仕事っだなぁ」
郵便配達のバイクは排気音を引き連れてコマネズミのように走り回る。

日本中どこに行っても頑張ろうだらけ。
いままでバラバラだった日本人の気持ちを、
あの震災がきっかけで一つにしようという気持ちの現れなんだろう。

「誰が入れるんだが、排水溝なんかさよぅ」
「ほいずがまだピッタリなんだもなぁ」
空き缶に口をふさがれ排水溝は困り果てる。

植木市のメインストリートから外れて、三々五々人々が路地に入り込む。
そして落ちた花びらを見て、完全に冬は息が途絶えたことを知る。

「平日だていうのに、なしてこだい人がいるんだべ。しかも中高生みだいなのもいるし。学校は休みが?」

ケヤキの青葉に見守られ、道行く人はいつもより歩く速度が三割方遅い。

薬師堂の公園の中には祭り特有のさまざまな臭いが立ちこめ、子供達の学校が終わるのを待っている。

道路拡幅工事のため空き地が目立つ薬師通り。
邪魔する物の無い空き地では、陽光を全身で浴びるハナミズキ。

「オラだこだいして歩道さ並べらっで見世物みだいだぁ」
「何ゆてんの、見世物なんだじぇオラだは」
目を付けられたら引き取られてゆく運命の植木達は戦々恐々。

「ほんてん今日来ていがったねぇ」
「ただ屋台見で歩ぐだげで気持ちいい」
丹那さん達は職場で連休ぼけの欠伸をしているかもしれないな。

人混みの新築西通りを外れ、熊野神社に行ってみようと思う。
遙か遠くには朝日連峰の残雪もクッキリ見える澄んだ空。

「こごは地下百メートルの井戸水だがらんまいのよぅ」
「水汲み来る人もいだんだじぇ」
熊野神社の境内に、世間話がゆったりと浮かんだかと思うと薫風がさらってゆく。

「昔はこの池で近所のガギベラだが泳いっだんだっけのよ」
「ほっだな腰くらいまでしか深ぐないんだものぉ」
すでに腹一杯になった鯉へ再び餌を撒きながら話してくれる。

「なして夫婦のケヤキだがわがっか?」
「両方ばよっくど見でみろ。んだど納得すっから」
夫婦ケヤキの若葉はそんな会話も静かに吸い取ってしまう。

「ほだごどゆたて・・・だべしたぁ」
「んだごんたら・・・・だべぇ」
なにやらもごもごとした会話が路地へ切れ切れに流れ込んでくる。

「ぬいぐるみがそのまま犬ころになたみだいだぁ」
「いやぁめんごいめんごい」
ソフトクリームは黙って犬の仕草に目を細める。

「なんだが誰がから見らっでる気がして、しょうがないのよ」
テントの下で背後の視線を気にしながら、それでも食べる。

山形盆地全体が、この家のように緑に覆われつつある初夏の候。

通りから植木市の喧噪が漂ってくる。
タンポポはその喧噪にピリピリ震え、今か今かと種の旅立ちを待っている。

「オラだはお呼びじゃないみだいだげんと・・・」
ヒメオドリコソウは春一番に現れるけれど、だ〜れも相手にしない。
仕方が無いので空気をチュパチュパ吸いながら、喧噪の混じった風を受け止める。

すっかり青くなった樹木は塀をつたって地面まで影を伸ばしている。
昼時ののどかな大気が辺りを包む。

「こだいのどかな日があっていいんだべが」
山形人は冬にいじめられ続けているので、こののどかさが信じられないし、愛おしくも思う。

赤いべべと赤い花びらは、コーディネイトしたように似合っている。

「どごがの小学生だが、社会見学が?」
子供達の白い帽子の上で、おみくじが陽光を気持ちよさそうに浴びている。

薬師堂の杜の隙間を見つけては、塀や地面へ辿り着く陽光。

「あの池の二匹さっきから仲が良いずね」
暗に自分たちの仲もいいねといったつもりだけど、相手に伝わったのかどうか。

ドンドン濃くなる新緑に目が慣れてきて、ユキヤナギの白はあまりにも目に眩しすぎる。

何も言うまい。山形の町の真ん中に皐月のエッセンスが凝縮している。

「昨日の雨で大気が洗わっでは、月山も綺麗に見えんま」
市営グランドの整備も、当事者は大変なのだろうが、なぜか長閑に見えてしまう。

「どれ、買うもの買ったし帰っべはぁ」
満足を充電して帰路につく人、充電しに向かう人が交差する。

「川の上は風強いねぇ。髪の毛ビロビロなびぐぅ」
橋の上から声がちぎれて飛んでくる。
「オラぁ風強くても、髪の毛がなびぐ事はないもなぁ」
警備のおじさんがボソリと呟く。

「体いっぱい満喫したねぇ」
「ほんてん天気いいくていがったぁ」
車の屋根は陽光にテラテラ輝き、薫風に撫でられた竜山や千歳山がこれ以上無い柔和な表情を見せている。

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