◆[山形市]村木沢・長根・長岡 ツララが牙を研ぐ頃(2011平成23年1月15日撮影)


狐越街道をまっすぐ西進し、左手に富神山の威容が迫ってくる。
その北側で、雪に埋もれた長根の集落が山裾に縮こまっている。

白濁した空に太陽がぼんやりと浮かぶ。
富神山は相変わらず尖り、遙か竜山は空の色に溶け込みそうだ。

「なんぼ刺されるほど寒いったて、空ば突いでどうすんの」
空に仕返ししたって始まらない。ただ大人しく耐える冬。

銀色に染められた山並みからは寒風が流れてくるだけ。
時折通りすぎる車も、キシキシと雪を踏みつけながら小さくなって消えてゆく。

「ちぇっとでも触てみろぉ。どうなっか分がてっべなぁ」
ちょっと触れただけでドドーッと襲ってきそうだ。まさに一触即落。

「おらぁ諦めだはぁ」
「おれもくたびれんのやんだがら、じっとしてるはぁ」
樹木は雪の中でもがくのをやめ、春までじっと動かないことを学習している。

「つまらねぇ、退屈だぁ」
「ほだごどないべしたぁ。二人でゆっくり話すいどれぇ」
「今更何ばしゃべれてやぁ」
やっと静かになった公園で、滑り台とブランコは久しぶりにじっくりお互いの想いを告白できる。

「この雪だら、てしょずらすいったらなれぇ」
「ゴミ捨ての邪魔ばりしてわがんねんだ」
青いネットは、絡みつく雪を一生懸命振り払おうとする。

「長岡て読むんだが?」
「んね。なごがだ」
看板は寒さに震えながら、愛想良く答えてくれる。

「っだな、汗ででくるぅ」
「運動不足にはやんばいだげんとなぁ」
雪の降り方はやんばいで収まってくれそうもない。

「雪の中さつっぱえたりしたら大変だがら、雪かきはやんだくてもさんなねぇ」
すでに山形市ごと雪につっぱえていそうな雪の降り具合。

「腰が折れそうだはぁ」
赤い実が、鼻水を垂らしながら呟く。
「腰ど相談しながらっだなぁ」
おじさんが、雪かきをしながら白い息を吐く。

「さっきまで晴れっだっけのに、まだ降ってきたなぁ」
指をつままれたゴム手袋は、降る雪をいつまでも見送っている。

「おまえ、いづなたら働くのや?」
「春にでもなたらが」
自転車に急かされ、ダンプははぐらかすように悠然と答える。

口元から白い息をゼイゼイとまき散らし歩く。
昼も近づき、腹も減ってきた。
なんというタイミングで誘惑してくるんだ、白い看板。

「相当苦労したんだべなぁ。顔さ表れっだま」
「おだぐもなぁ、昔は艶々てめんごいっけべなぁ」
お互いを褒めているのか、けなしているのか分からない実。

「どさ行っても雪かきしてんのは年寄りばっかりだどれ。若いのはどさ行った?」
「若いのは仕事で忙しいがら、年寄りが雪かきすんのっだず」
納得したものか分からないままの耳へ、ザクザクと雪かきの音が響いてくる。

フラッシュを焚いてみた。
皆ビックリして、赤い眼をパチクリさせている。

白い畝がどこまでも続いている。
あまりの白さに顔色を失い、頭が真っ白になり、気持ちは大気を浮遊する。

ほんの数十メートルの丘を登る。
ゴム長の中に雪が入り込み、一歩進むのにもかなりの体力を要する。
富神山を眺めながら深呼吸をする。
冷たい大気が、肺に充満する。

「鼻水も凍たはぁ」
「鼻水垂らしてる割には、青々て元気そうだんねが?」
「鼻水垂らすのも生ぎでる証拠だがらほれぇ」
青い葉っぱは、鼻水の長さを密かに競い合っていた。

「予防接種したがぁ?」
「まだだげんと・・・」
「みんな一緒なんだがら、一人罹たらあっという間だじゃあ」
雪を被って戦々恐々。

葡萄棚に淡い光が差し込んでくる。
黒々とした枝は、節々をポキポキと折り曲げながら空中を這い回る。

「今日は学校がぁ?」
「間もなぐ受験だがら・・・」
「寒くて大変ったべぇ」
「心は熱いっす」

こんもりと盛り上がった丘へ続く道。
自分の吐く息と足音しか聞こえない。ほかの音はみんな雪が吸い取ってしまったようだ。

富神山の体積の何千分の一にも満たない軽トラがトロトロと走り去る。
山はピクリとも動かず、毛ほども小さな車に関心を示さない。

老いた壁にジワジワと這い上り迫り来る雪。

「さっきの長岡遊園地の看板は飾りっ気なのないっけじぇ」
薄墨色の世界では、飾りっ気があればあるほど浮いてしまう。

「オレも舐めらっだもんだぁ」
嘆く滑り台を、雪は舌先をくねらせながら這い上る。

「溺れるはぁ」
「春まで息つぐの我慢すろ」
「モガモガ・・・モ・・ガ・・・・・」
やがて二人のブランコは、春までの長い眠りについた。

研ぎ澄ました牙から欲望の滴を垂らし、
ツララは獲物を狙う瞬間のためだけに筋肉を鍛えているようだ。

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