[山形市]南館 南沼原小の寒々ガクガク、思い出は更地に(2024令和6年1月27日撮影)

今日の天気予報は陰鬱な曇天とあった。
それでも遠く奥羽の山並みは時折雲間から届く光りに光りに輝いている。

「真冬だていうのにねぇ」
「んだずぅ。降らねもなぁ」
今日も小雨がパラつき、冬タイヤたちは活躍の場が欲しいと、
濡れネズミになりながら空を恨めしく眺めている。

「漬物でも入ったのが?」
「ほっだなごど、見ず知らずの人さ教えらんね」
水たまりに映る自分たちの姿を見ながら行きずりのカメラマンを一蹴する。

「休日はこれだがらやんだぐなんのよ」
348号を見てもこの通り。
西バイパスなんかもっとひどい渋滞。
でも人口は減る一方なんだから、こんな写真を30年後に見れば、
「昔は凄いっけねぇ」なんてなりかねない。

道の端に残った弱弱しい雪と、おとぎの国のような洋菓子屋さんには目もくれず、
黒長靴でぎゅんぎゅん走る。

「やんだぐなるほど車いっずねぇ」
「ほだなごどガソリンスタンドさんがゆてダメだべず」
ここは西バイパスと348号の交差点。
あまりの渋滞に、もっと西側にもう一つバイパスを造るらしいけど。

山形県のガソリン価格は、ありがたくないが常時日本の上位に入っている。
山形は完全な車社会。
山形つぶすにゃお金はいらぬ。ただガソリンを失くせばいい。

「幸せの黄色い帽子がぁ」
「幸せの黄色いハンカチだべぇ」
「ほだな知ってる若い人いねはぁ」
なんだかんだいって、イエローハットのコマーシャルはシュールで面白い。

あら不思議。
上のトレーラーには青い軽自動車が載って見えるのに、
下のトレーラーには何も見えない。

「三月の雪溶げの頃ば想像すねが?」
「んだっだ。こいにぐじょぐじょて地面が濡っでで、早く乾がねがなぁて思たもんだ」
「温暖化が一月さ三月ば連れできたがはぁ」

壁面を伝う線は、まるで流麗な筆記体。
「今、学校で英語の筆記体は習わねんだじゃあ」
「ほんてん?うそだべ?なして?」
それを初めて知ったときは不思議でしょうがなかった。

「恥ずかしいぃ、晒し物みだいだべした」
「なしてや、堂々としてっどいいべ。名誉の負傷だどれや」
「んだがぁ?んだら少し痛っだいげんと我慢すっかぁ」
スノーダンプは穴ぽこから深く息を吸い込み胸を張る。

普段の自転車の籠には雪が積もっていることだろう。
今年は落ち葉が重なり合って積もっている。
落ち葉たちも様子が違うと、慣れない体で水滴を払う。

窓際に近づいてタオルたちが外をぼんやり眺めている。
といいうよりぼんやりしか見えない。
窓を開けてみたいけれど、ガタピシで開きそうもないし春はまだ遠い。

「ありゃりゃあ、陽文堂てまだあるんだどれぇ」
「んだず、隣のヤマザワで買い物したどぎによく立ち寄るんだっけぇ」
「隣さヤマザワはないしねはぁ」
陽文堂はなにやらこちらを伺っている、と思ったら旨そうな寿司の看板だった。

こんな細長い建物が建ったのには訳がある。
話は長くなるけれど付き合ってほしい。
南沼原小は田んぼのど真ん中に吹きっさらしの状態で建っていた。
もちろん今の新校舎のその前の、またその前の校舎(昭和30年代)のことだ。
そこへ南館の村から田んぼの中を一本の道が南沼原小へ伸びていた。
それが左側の道というか田んぼ道。
※話が長くなるので次の画像に続く。

この建物も上の画像の建物と由来は似ている。
南沼原小にへ行く田んぼ道に対して、15度くらいの角度で348号がドーンとできたんじゃ。
それがこんな建物を生んでしまったんじゃのぅ。

寒気が覆う空へ鋭いナイフで切れ目を入れれば、
冷たく凍った雪がバラバラとまろび出てきそうな真冬。

あの頃の木造で今にも崩れそうな小学校を懐かしく思い出す方々も多いだろう。
西バイパスができる前は、生徒の数も少なく廃校にしようかという話もあったらしい。
「それがあんた。たまげだごどに西バイパスが出来た途端に生徒は爆発的に増えだのよぅ」
「校舎なの山形で一番全長の長〜い建物になたし、もちろん生徒数も山形市で一番ったなぁ」
そして今は「あぶないからはいってはいけません」という看板が立つ。
「楽しいから皆入って来い」という看板が建つことはもうないんだべなぁ。

「こごさ何建つんだべねぇ」
「水道が建ってだどれ」
「あほか、この広い敷地さてゆったの」
「そういえば山形市て空地ばっかりだずね。駅前からして空地だし、東大手門もふれあい広場という苦し紛れの名前の空地。
そして旧県民会館も空地、地方裁判所が移転したらそこも空地、市民会館が移転したら空地。
駅の西口だって霞城セントラルとやまぎんホールの間は空地。」
「このさいだがら大沼も空地にして、日本一空地の多い街で売り出したらなんた」
そんなことには絶対なってほしくない。県や市、民間人など土地所有者は元より、
よっくど山形市の未来ば考えでいがんなねのんねが?

南沼原小のことを語ってきたが、そこにでてきた田んぼがこの一面に広がっていた。
中心部は空洞化し、やがて数十年後はこの一帯だってどうなるか分からない。
今のうちよっくど写真ば目に焼き付けででけろな。

南館の歩道橋から東側を見てきたが、背後の西側(沼木)方面に目を移す。
県外と似たりよったりの看板が寒気に建っている。
それを全否定はしない。(もちろん恩恵も受けているのだから)
山形だけ県外の資本の波をかぶらないなんて不可能だし。
でも、マクドナルドやスターバックスがないのは田舎という論理には疑問を感じないとダメだべ。

まったく愛着のない新南沼原小学校も写真に収めなければなるまい。
聞いた話では二階にプールがあるらしい。
東小も二階にあるけど、どんなメリットがあるのだろう?

「早ぐあべっちゃ、腹減ってわがらね」
「横断歩道がやけに長ぐ感じっずねぇ」
二人は速足でひび割れ模様の浮いた歩道を渡っていった。

地面は色彩と図形に溢れるジグソ−パズル。

歩道橋から間近に見る信号機はバカでかい。
まるで三連砲の武器のように車たちを威嚇しているようだ。

車たちはあっちへこっちへと走り去る。
それが毎日の繰り返し。
そして街は熟成し、その後に再開発の光りが見えてくるのか、廃墟の暗い闇が待っているのか。
TOP