◆[山辺町]大塚 盆地が鏡になる季節(2020令和2年5月24日撮影)

「こう暑いどマスクなのしてらんねま」
「んだずねぇ、息苦しくて熱中症になてしまうみだいだぁ」
この間までの涼しさは何処へ行ったか、盆地には熱が溜まり始めている。

あのこんもりとした樹木の塊は大塚天神古墳。
山形盆地最古の古墳だそうだ。
ハルジオンが田植えの水面わきで当たり前のように咲く季節。

コデマリが空に覆いかぶさるように触手を伸ばしている。
初夏の光をみんな吸い取ってしまおうとするかのように。

空を見る目に生気がない。
口紅だって唇からはみ出している。
何を思い悩みながら学校へ行こうとしているんだ?

注意のオレンジ柱の隣に枯れ細ったヒマワリが首を垂れてかろうじて立っている。
その首が見ているのは明らかに錆びたホイール。
五月の陽気から見放された二人に通じるものがあるというのか。

「暑くて足の裏がやけどすっずはぁ、それに俺の相方はどさ行ったのやぁ」
片方だけのゴム靴は相棒の行方も知れず、熱さにさらされ気持ちが乱れるばかり。

「なんだてお洒落なハットだんねが?」
「ドラム缶さ蓋さっでだだげだぁ」
草むらにむせ返りながら、ぼそっと答えてくれた。

そろそろピリピリとひびの入ってきたバスの標識。
火の見やぐらも標識もこれからの夏のことを思い、気持ちが萎えながらも使命感で立っている。

コデマリはどさ行ぐのやと声をかける。
猫はフンッと鼻であしらい、アスファルトの上をのたりのたりと歩み去る。

キンセンカだが?デージーだが?
空の方ばかり向いて、親父の質問など全く聞こえないし興味もないときた。

公園で三密なのは、遊具たちと草花。
三密なのにもちろんマスク不要で日を浴びる。
ギッコンバッタンの持ち手は、アルコール消毒ではなく錆止めが必要かと。

ワラワラと地面に広がる雑草たち。
その勢いに気おされたホースをぶら下げた蛇口は、目を合わせないように下を向く。

山形市内では見かけない長閑を絵にかいたような光景。
脇を通り過ぎる車も、なぜかのんびりと速度20キロくらいでゆっくりと通り過ぎる。

空に太陽がある限り、金魚草は上を目指す。

日陰に隠れていたオダマキは、土塀へ体を傾け、その温まった地肌をまさぐろうとする。

人一人がやっと通れるような緑の覆う湿った小道を抜けると小さな祠。
零れ落ちる光も鳥居もみんな緑色に染められている。

祠の内側から誰かの声が聞こえる。
ちり取りや箒たちが朝仕事を終え、世間話も尽きてぽっかり空いた時間を持て余している。

熱のせいか、植物たちの勢いのせいか、ぷっくり膨らんだトタン板が悲鳴を上げる。

屋根のトタンがパキンと折れ下がっている。
それは力足らずで申し訳ないとも、なんで無理なの分がてでこだなごどさせんのやとの両方の意味合いを見せている。

山辺町とはいえ、山形市に最も近い地区。
路の隙間からは霞城セントラルだって見えている。

「おまえは仕事すっだぐないんだが?それともお役御免になたんだが?」
首を傾げて、その意味を図りかねている郵便受け。

「おらだが揺れででいいんだべが?」
越年してしまったけれど、乾いた体がこの世に残ってしまった以上揺れるしかない。

地面に沈むように、気持ちが沈み込むように傾いてしまった。
もう起き上がることはできないだろうと心は落ち着いている。
今更じたばたする気もないし、自然に身を任せるという選択をしている。

冬の間、北風に顔を引っ掻かれ続けたであろう標識。
今は落ち着きを取り戻し、田植えの終わった水面にまなざしを注いでいる。

「まんず体中さ保湿クリームば塗ってけっだぐなっずね」
「ほだな必要ない。体の中の熱い気持ちまではささくれ立っていねがら」
消化栓は固い意思で北の空を見上げている。

実りの秋を思い浮かべながら、力強く地面をこちょばし続ける。

盆地は一面鏡になった。
すべてが鏡に映され、上と下が地平線で繋がっている。

「あんまり早ぐ行ぐなずぅ」
「んだて坂道だがら勝手にスピード出るんだもぅ」
親子は一本道で同じ風を受けながら、同じ空気を吸って、同じ日差しを背中に受ける。

「どだい働いだんだず」
すり減ってかろうじて繋がっている足のパイプが痛々しい。
「働くのは当たり前だ。それよりあど用なしだはて、捨てらっだ心の方が痛っだい」

「なんだてべろべろだんねがぁ?」
「このべろべろがあたしだの生き方なんだず」
アヤメは今を盛りと花びらを泳がせる。

ネギ坊主が大空に上手な絵を描こうと頭の筆先をまあるく逆立てて広げた。
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