◆[山形市]第15回 みちのく阿波おどり 人々の息遣い(2019令和元年9月7日撮影)

あったはずのも十字屋がなくなっている。
心にもぽっかりと穴は開くけれど、いつのまにかその現実も風化する。

まだ日も高く、やきとりの匂いには惑わされない。

囲いの隅に近づいてみる。
あんな夢の空間が、意外と小さかったんだなと慨嘆する。

公衆電話に西日が差している。
みんなやがて始まる阿波踊りに心が向いて、
その存在すら忘れ去られる。

街が浮足立っている。
なにか心が浮つく感覚で会場へ向かう。

演舞が始まるまでその辺をうろついてみよう。
ざわついた空気が秋の始まりを阻もうとしているのが肌で感じられる。

しゃちほこへ張り付くように人々が座り込む。
まだまだアスファルトは生暖かい。

「こっから入てダメ!」
コーンは赤くなりごしゃいでいる。

「おかない、おかない〜」
「ずんずん、ずんずん近づいでくるんだもの〜」
こっちへ一直線に近づいてきたら、確かに子供はおかないべなぁ。

「暑くてお手上げ〜」
といっているかは距離があり不明だが、
始まったばかりなので、まだまだ体中に余裕がある。

少しばかり夕闇が下りてきた。
演舞を終え、虚空にバチをかざし、友の来るのをしばし待つ。

集団が近づいてくる。
心臓は期待に早鐘を打ち、脈が跳ね上がるような高揚感が体を満たす。

「かえず水?」
「とりあえずなんでもいいがら液体ば体さ入れっだい」
水分なしには干からびてしまいそうな初秋の宵。

盛んに空気をかき回し、
沈殿した夏の思いを舞い上げる。

「残り1メートルなんだが?残り1分なんだが?」
カンペをかざしてスケジュールに気をもむスタッフ。

喧騒はエアコンの室外機や、ざらついた壁へわだかまる。

オレンジの世界は心の襞を柔らかくして、
じんわりと体に染みわたっていく。

「とにかく撮らんなねべぇ」
演舞を生で見るより、液晶画面を見ている時間の方がよほど長い。

喧騒から逃れようとしても逃れられない。
ざわめきは狭い空間にも生暖かい空気とともに流れ込む。

ムッとする熱気とともに、人々の熱い息遣いも映しこむ。

「こっちゃも放れず!」
人々が自分を解放する瞬間。
茜色の空を本能が埋め尽くす。

ガス灯の周りを闇が少しずつ覆い始める。
対照的に熱気は盛り上がり、灯りも際立ってくる。

「のど乾いでわがらねぇ」
コップに手が伸び、ひと時の渇きを癒す。

手作り感満載。
飾らない街角感がたまらない。

「頭カッコいいずねぇ」
「頭の中身もカッコいいよ」
おじさんの言葉にすぐ反応する賢さが、
益々頭のキリっと感を際立たせる。

指のしぐさと赤い紅。

「ヤーッ」
「ありがどさま〜」
思わず感謝の言葉が口から飛び出す。

グビグビという音が聞こえてきそうな飲みっぷり。

きらめきを反射して、熱にうなされた人々を見守る。

白粉と白い指先と視線の先。

とっぷりと日が暮れた。
にもかかわらず、熱は引かない、気温も下がらない。
いつまでも下がらないで欲しいという気持ちも持続する。

涼やかな目と熱気の中を舞う団扇。

決めポーズ。
「こごが撮り時っだな」
思わずシャッターを押す指に力がこもる。

つまんだ指と、笠のとんがりと、まとめた髪。
何をとっても決まっている。

美しい指先が空に伸びる。
うなじに汗が浮く。
その一団にしばし見惚れる。

ライトが一団に強力な光を当てる。
影を伴いながらアスファルトを蹴る軽やかな足。

「おもしゃいべぇ?」
「お父さんの頭が?」
同じ方向を親子で一緒に見ることは意外に少ない。

熱い息がスズラン街に吐き出される。
その息遣いが観客を酔わせてしまう。

空に熱気が立ち上る。
演舞はまだまだ続く。あんなに暑かった夏も終わりが近づけば名残惜しい。

夏の余韻と闇の混じりあった虚空に、真っ白な指先が浮かび上がる。

体は熱気に任せ浮遊し、草履の指先だけがしっかりとアスファルトを噛んでいる。

「まだ来年も会うべねぇ」
浮かれた気分に一抹の寂しさを感じるからこそ晩夏の夜は愛おしい。

目は仲間を追い、腕は太鼓をたたき続ける。
この祭りが終われば、もう夏も終わるとその表情が語っている。

うなじの汗が浮いて光を反射する。
その向こうに夏のきらめきがネオンのように瞬いている。

「終わったー」
気の抜けたような吐息を吐きながら、
後ろ髪を引かれる思いを抱きながら会場を後にする。

踊りを終えたあとは、心地よさを全身に感じながら、
夏の名残を引きずっている。

少し空いた口元から、ふっと息が小さく吐き出される。
夏も終わりかなと頭をかすめる。

口を閉じ、深呼吸する。
まだまだ空気は湿っぽく生暖かい。

「一緒に楽しむだいげんと・・・」
職務に勤しむ姿は美しい。
その向こうでは十字屋跡地を闇夜が埋めている。

名残惜し気に会場を振り返る。
足元には早く行けと白線がグイっと伸びてくる。

すっかり暗くなってしまった空の下、
満足感を表情に宿した人々が生暖かい大気の中を歩み去る。

冷めきらない空気に混じった匂いは、
人々の胃袋をグーっと言わせる。

来年の今頃に十字屋跡地はどうなっているのかを気にかけながら、
また来年もよろしくと、闇に浮かんだスズラン街のきらめきを眺める。
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