◆[山形市]八日町 冬の匂い(2014平成26年11月21日撮影)

「何回もいうげんとよ、こごは子供の頃は池だっけのよ。俺のプラモデルの船が沈んでるんだぁ」
年寄りが何度も同じ事を繰り返し言うように、しつこく語ってしまった六椹八幡様の思い出。

あまりにも天気が良いため、家並みの隙間から日差しがあふれ出て、道路が鍵盤状態になっている。

なんだか悲しくなる光景だけれども、空はあくまでも青く、何事も無いように澄み渡る。

勝因寺から北を見る。細い通りを初冬の匂いが駆け抜け、その奥にはマンションがでんと構える。

「ピラカンサなてんねくて、もっと情緒ある名前付けだらいいべねぇ」
筋子を思い浮かべながら、いつも思う赤い粒。
「え?もしかして南天?」
どちらか分からない自分の脳みそが難点。

「ほっだな、ちゃっちゃどあべはぁ」
「んだずねぇ、構てらんねま」
冬はすぐそこ。変なカメラマンには構っていられない。

「暖かくて、こだえらんねぇ」
土塀が温もりを与えてやるものだから、植木たちはここを動きたくない。

夏の間は柿の木などどこにあるのかと思うけれど、冬が近づけば否が応でも目に飛び込んでくるまぶしさよ。

八幡様から国道に出る。
急に視界が開け、益々青い空が面積を広げる。

「木枠の戸が良い味だしてっずね」
「それより、ツノダのツの点々と、ダの点々だげなして真っ黒なんだべ」
いずれにせよ、コンクリートで固められつつある街並みの中でホッとする光景。

国道112号通りは柳の並木が見事だった。
今は日米親善の樹木ハナミズキに植え替えられた。
そのハナミズキも冬を前にプックリとした実を艶々と輝かせている。

「あれ?こさ何あるんだっけぇ?」
人は空き地になった途端、そこに何が建っていたか忘れてしまう。
建物が消え、三日町角から旧ダイエー方面が丸見えだ。

味気ない形だけれど、この枠の一つ一つに幸せが詰まっていると信じたい。

あんまり天気がいいもんだから、すべての光景がパキッと映る。
こんな日和なら郵便局員さんも配達が楽だろうに。

再び大通りから小径に入る。
浄光寺の門前でカラカラに乾燥した葉っぱが光を散らしている。

吸い込まれるように浄光寺へ入り込む。
子供の頃は、こっそり入り込んで冒険した敷地。
今は親爺だから、こっそり入り込んだものの一応住職さんを捜してみよう。

初冬の日差しは弱いはずと思うのは先入観。
真っ黒く枝に張りついた影は、太陽の底力を見る思い。

「う、まぶしいっ!」
まともに目を開けていられないほどの光が、葉っぱの隙間にチラチラ揺れる。

「なにのんびり石の上でくつろいでんの?」
「黙ってだて、檀家の人だが掃除してけるんだぁ」
葉っぱは乾いた気持を整えるために、掃除されるのをじっと待つ。

満杯の袋がいくつ出来るやら。
今年の秋はもやせるゴミとして連れ去られ、やがて空から白いものが舞い降りる。

「うおーっ、太陽に立ち向かう銀杏の木!」
黄色い囀りをまき散らしながら、空を突く銀杏。

「なんぼ掃いでも、掃ぎ立でならねまぁ」
そんなことを言いながらも箒を動かす手を休めない。

こんな色はウソ。
カメラが写した画像なんて、本物に比べたら足下にも及ばないほど地味。

今年最後の紅葉を堪能し、浄光寺を後にする。

再び六椹八幡様に歩みいる。
黒い枝に白いおみくじがしがみつき、やがてもっと白いものに覆われる日を恐れている。

空中に枝が伸びる。
その下では南光幼稚園の子供たちが、乾いた地面を走り回っている。

何を決めようとしているのか、子供たちはじゃんけんを始めた。
そんな子供たちに踏んづけられながらも、クヌギの根っこは地面に食いついている。

初冬の光が柔らかさを増してきた。
六椹八幡神社の境内に淡い光がわだかまる。

空に伸びる大木は、全身から葉を落とし、それをクッションにして影を伸ばす。

鐘撞堂に登って下を眺めてみる。
おばさんが影を引き摺るように、落ち葉の中をゆっくりと歩き去る。
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